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山里亮太【緊急取材】米朝首脳会談(2) 北朝鮮は「核」を使えない

J-CASTニュース名誉編集長、山里亮太
J-CASTニュース名誉編集長、山里亮太

   2017年には「核武力完成」を宣言した北朝鮮が、18年4月の南北首脳会談では一転、「朝鮮半島の完全な非核化」に言及しました。

   18年6月12日の開催に向けて調整が続く米朝首脳会談では、日米韓が求めている「完全、検証可能、不可逆的な非核化(CVID=complete、verifiable、irreversible、denuclearization)」の行方が焦点のひとつですが、北朝鮮が言う「非核化」とのズレも指摘されています。

   J-CASTニュース名誉編集長の山里亮太が、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起(コウ・ヨンギ)氏に北朝鮮の核についての本音を聞きました。

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(1)米朝首脳会談 「金正恩は進化するポケモン」

「貧乏国家」北朝鮮が狙った「一発逆転」

どうなる米朝首脳会談(ドナルド・トランプ米国大統領(左)、金正恩委員長(右))
どうなる米朝首脳会談(ドナルド・トランプ米国大統領(左)、金正恩委員長(右))

山里: つい最近までバンバンミサイル撃ってた金正恩氏が、ちょっと「あれ、いい人になったんじゃないの?」みたいになってきているじゃないですか。これは本当に、そのとおり受け取っていいものなんでしょうか?

高: 別に北朝鮮は全然変わっていないんですよね。北朝鮮というのは、今でも戦争中の国家なんです。米国、韓国と戦争しています。ということは、武装解除はできません。
ただ、ご存じのとおり、北朝鮮は貧乏国家なので通常兵器を開発する余裕はない。そこで一撃必殺の核爆弾を開発したわけです。通常兵器で負けたとしても核兵器さえあれば一発逆転が狙える。

山里: 2017年まで、北朝鮮は長距離弾道ミサイル(ICBM)「火星」の発射や核実験を繰り返してきました。僕たちも、アメリカも韓国も、脅威を感じてきたと思うんですが。

高: 世界中でほとんど行われていない核実験を、北朝鮮はこの3年で2回行っています。これは、何も別に相手を驚かすとか、日本に対して脅威を与えるとかじゃないんですよ。

山里: じゃあ何の意味なんですか。

高: これは「科学」なんですよ。つまり実験というのは、繰り返せば繰り返すほど成功に近づく。開発するためには実験を繰り返して、挫折することもある。
でも北朝鮮は、核兵器を完成させるというゴールを金正恩が設定したら、もう突き進むしかないんです。去年1年間で金正恩氏は、「よしもう完成した」「おれたちは核兵器を持ったんだ」と自信を得たんですよね。でも、この核兵器というのは「使えない」んですよ。

山里: 使えないというのはどういう意味ですか?

高: 使った瞬間にもう終わっちゃうんですよ。どこの国でも使い物にならないんですよね。北朝鮮からすれば、「核兵器を完成させた」と宣言することで、米国から攻められなくなったということでもあります。

アメリカも北朝鮮を攻撃できない

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起さん
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起さん

山里: 韓国にいるアメリカ人の方は退避の準備が進んでいて、戦争が近いのでは、という話も聞きました。

高: 実際そんなことはないんですよね。今、韓国には民間人と軍人と合わせて20万人がいるとみられています。20万人を一気に移動させることは物理的に無理です。避難訓練はしていますけど、実際はほとんど通常通り生活しています。
先日北朝鮮から解放された米国人3人は、いずれも韓国系でした。そういう意味で、米国という国は、人種を問わず国籍や市民権を持っている人の命を非常に大事にします。北朝鮮を攻撃するとなると、100パーセント確実に、最低限でも数百数千人の米国人に被害が及ぶと考えると、もう手出しできないんですよね。米国にとっては、米国人がいる場所であれば、「本土」だろうと韓国だろうと関係ありません。

山里: 米国から一気に攻めるというのは......?

高: 北朝鮮がカーッとなって核爆弾を使ってしまう可能性はありますよね。ただね、戦争状態で核爆弾が爆発したっていうのは、1945年の広島・長崎以来1回もありません。仮に米国の勝利に終わろうと、少なくとも核爆弾が爆発する原因を米国が作ってしまったということになります。米国は広島・長崎の原爆投下をいまだに正当化していますが、国内外からの批判も根強い。米国にとって、核爆弾を使ってしまったというのはトラウマになってるんですよ。核保有国家を攻めるということは、もう事実上無理なんです。

山里: では、まったく戦争のリスクはないんですか?

高: 基本的にはないと思いますが、一番怖いのは偶発的な出来事です。過去に起きた戦争の発端は、多くが意図の読み間違いや情勢分析の間違いによるものです。最も典型的なものが、オーストリアの皇太子が暗殺されたサラエボ事件(1914年)をきっかけに起こった第一次世界大戦です。たった一つの銃弾からあれだけ人類史上、ヨーロッパ史上最大といわれるような惨事を引き起こしてしまった。

山里: 米朝首脳会談では、「完全、検証可能、不可逆的な非核化(CVID)」が焦点だと言われています。これは会談で叶うんでしょうか。

高: まず、会談で非核化を合意したことと、非核化が達成されることは全く別問題です。北朝鮮はこれまで核に関して投資してきた。それを単純に放棄することは絶対ないんですよ。絶対"見返り"がいるんですよ。その見返りは、例えば体制保証なのか、それともお金なのか......。それは、これからはじまることです。

山里: 北朝鮮は、"見返り"があれば約束するんですかね。

高: 私は、金正恩氏が首脳会談で「非核化」を約束する可能性は高いと思います。ただ、核ってものすごい技術なんですよ。当たり前ですけれども。その「技術」には、技術者、核実験場、実際の核爆弾、データ...、様々なものがありますよね。これを全部、なくすことなんて無理でしょ。データは本当に破棄されたか確認しようがないし、技術者がUSBメモリに入れてポケットに持っているかもしれない。もっと言うならば技術者の頭の中には全部ノウハウが入っているわけですから。なかなか「CVID」のV=verifiable(検証可能)ですか。つまり「なくしているサマを見せろよ」っていうのは、難しいと思いますね。

「非核化」というゴールを設定する会談

山里: でも北朝鮮は、北朝鮮北部にある核実験場を廃棄すると言っていますよね。このことは多少は「非核化」につながると思うんですけど。

高: 北朝鮮にとって、核開発をやめることは別にいいんですよ。もうすでに核を持っているわけですから。ミサイル実験も同様です。「アメリカ『本土』」に届くかどうかは関係ありません。日米、もしくはグアムに届く核ミサイルを持っているだけで、米国にとっては十分な脅威です。グアムに核爆弾落とされたら米国はもう終わりですよ。国家の威信がなくなります。そのために北朝鮮は実験の段階は終わっていて、「核保有国家」として米国と対等に話をすると主張しているわけです。

山里: そうなると、「非核化」は無理そうですね。

高: あくまでも米国が言っているのは、ある程度象徴的なものなんですよね。分かりやすく言うと、非核化というゴールを設定するための会談だということです。そこに向かってレースが始まるわけですが、どっちが勝つかっていうのは分からない。北朝鮮の望む「非核化」なのか、それとも米国が望む「非核化」なのか。
仮に北朝鮮が望む「非核化」が勝ってしまえば、実際的には彼らは技術を持ったままの状態です。もっと言うなら、そういう技術が第三国に流れてしまったら、「おれも」「おれも」と、米国と対等に渡り合おうとする国が続出しかねない。こういったことも米国が非核化にこだわる理由ですね。

(続く)




■プロフィール
高 英起(コウ・ヨンギ)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、2度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)などがある。


次回(3)は、2018年6月5日公開予定!
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