J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

山里亮太【緊急取材】米朝首脳会談(3) 経済制裁で北朝鮮は追い詰められない

J-CASTニュース名誉編集長・山里亮太(南海キャンディーズ)
J-CASTニュース名誉編集長・山里亮太(南海キャンディーズ)

   トランプ米大統領の「中止」から一転、再び6月12日に開催が決定した米朝首脳会談。両国トップの話し合いで気になるのは、北朝鮮は核実験やミサイル発射をやめるのか、ということです。

   これまで国際社会は、経済制裁を強めて圧力をかけ、北朝鮮の非核化を目指してきました。

   J-CASTニュース名誉編集長の山里亮太が、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起(コウ・ヨンギ)氏に実情を聞きました。

「欲しがりません勝つまでは」で思想統制

高英起(コウ・ヨンギ)さん
高英起(コウ・ヨンギ)さん

山里: 核兵器やミサイル開発に多額の資金を投入する北朝鮮ですが、市民にしわ寄せはいっていないのでしょうか。ぶっちゃけ、金正恩氏に対する不満とかないんですか?

高: 北朝鮮という国家は、米国と戦うことを前提に成立しています。核兵器の装備もそうですが、人口2500万に対して軍隊が120万もいる。それで、あれだけ厳しい生活を強いられています。それでも何も起こらないのは、「我々は今、米国から攻められようとしている。それを守らなければダメだ。そのためには少々の苦しいことも我慢しなければならない」と教え込まれているからです。つまり、「欲しがりません勝つまでは」。戦時中の日本が思想統制を敷いたのと全く同じです。

山里: 今でも北朝鮮国民は「欲しがりません勝つまでは」って思ってるんですか?

高: 実は最近は、国民も米国が本気で攻めてくるなんて思ってないんですよね(笑)。でも、北朝鮮の政府は今でも、それを思想統制の理由にしてるんですよ。何でもかんでも米国のせいにするから、みんなそういうのに飽き飽きしています。

山里: 意外ですね。北朝鮮の国民は、政府が決めた方針にビシーッとついていくイメージがあって、少しでも逆らうものなら......。

高: そうなんですよね、そういう風に表向き見えるし、彼らはそう振る舞ってるんですけども、彼らが関心があるのは、自分たちの生活を維持するためのいわゆる「商売」なんですよ。
政府のプロパガンダについては、もうどうでもいいと思っていて、大事なのはお金。「俺たちの生活に手を出すな」っていうのが、今の北朝鮮の庶民たちの考え方なんです。

山里: えー! でもそんなこと言ったら、「特別な施設」の人が来て、つかまっちゃうんじゃ......。完全なイメージなんですけど。

高: わかります(笑)。国民ももちろん、「僕らお金が大事です」とは、表立って言いませんよ。でも、そういう民意が伝わったことはあります。それが2009年のデノミ失敗なんですけど。

デノミ大失敗で幹部処刑の意味

山里: デノミですか?

高: 北朝鮮は闇市場が発展していて、国の経済には欠かせない状態です。例えば国営市場では靴下一つ、シャツ一つ買えないのに、闇市では買えたりします。政府はそれをコントロールしようとしたんです。
具体的には、デノミネーション(通貨改革)と言って、新しい紙幣を作って旧紙幣と交換させ、旧紙幣は無効にしてしまうというものです。旧紙幣100ウォンに対して新紙幣1ウォンという交換比率で、交換できる額には上限が設けられたため、多くの市民にとっては、旧紙幣の多くが北朝鮮政府に取り上げられる形になりました。
当然のことながら大混乱で、デノミを主導した朴南基(パク・ナムギ)朝鮮労働党計画財政部長は、その3~4か月後には処刑されてしまいます。これは、北朝鮮政府が「負け」を認めたと言っていい。

山里: 処刑!?

高: くだけた言い方をすれば、「あんたらの経済にはもう関わりません、その代わり、こいつを処刑するから許してください」というメッセージです。事実上の国民に対する謝罪ですよね。経済については「政府は太刀打ちできないから勝手にやってくれ」なのですが、金正恩氏に対する批判は許さないというスタンスです。

山里: 実は資本主義なんですね。

高: 北朝鮮の紙幣には故・金日成主席が描かれています。建国の父で金正恩のおじいさんで、北朝鮮で一番偉人とされていますが、お札の価値は紙屑同然なんですよ。価値がないから全然使われない。何を使うかと言えば人民元や米ドルです。

山里: でもどっからそれ(外貨)が手に入るんですか。

高: そんなんもう中国とかいろんなところからどんどん手に入りますよ。ユーロとか外貨どんどん入ってくるから。もう市場とかでも北朝鮮のお金とか使いません。おつりとかも人民元です。

山里: へーー! 時間が、ある時点から止まっているような国のイメージなんですけど。

高: そうなんですよね、でも、実際はかなりもう実質的な市民生活は進んでいます。よくね「豊かなのは平壌だけ」と言われますが、地方もだいぶ豊かになっている。地方でも普通にバイクや宅配とかもあるし、どんどん商売活動が盛んになっています。北部の、ロシアとの国境の市場とか行ったら、魚の品ぞろえに関しては上野のアメ横とそんな変わらないですよ。

山里: でもニュースとかでは、餓死する人がってよく聞きますけど。

高: もちろん全体的な規模でいえば貧困であることは間違いないし、時折餓死するケースもある。しかし、日本で伝えられているほど国民全体が飢えの中でバタバタ倒れているというのは実情とはかなりかけ離れた見方です。全体的には経済は上向きで、「経済が困窮しているので金正恩はやむなく対話に応じた」というのは、半分事実で半分ウソです。

安定している米と油の価格

どうなる米朝首脳会談(ドナルド・トランプ米国大統領(左)、金正恩委員長(右))
どうなる米朝首脳会談(ドナルド・トランプ米国大統領(左)、金正恩委員長(右))

山里: 知りませんでした。ニュースを見ている限りでは、経済制裁が効きすぎて、どうにも立ち行かなくなって、もうやけくそなんだと思ってました。

高: 経済制裁というのは、北朝鮮からすれば、効果が出始めたころに対処してももう遅いんですよ。だからその効果が出る前に対処しなければならない。金正恩氏はその点を理解しているから、いたちごっこが続いています。現時点で制裁の効果が決定的に出ているというわけではないようです。
私の知り合いで、北朝鮮と行き来して商売している人によると、確かに去年は非常に厳しかったらしいんです。だからといって壊滅的に経済がダメになるかというとそうじゃない。それはなぜかというと、北朝鮮というのは1994年から98年にかけて、100万人単位で餓死する大飢饉が起きています。これは「苦難の行軍」と呼ばれていて、北朝鮮の人々にとってはトラウマです。ああいうことを繰り返さないために予防策をしているんです。
農場の人たちは国から「米を出せ」って言われても全部出さないとか。デイリーNKでは米と油の価格をモニタリングしていますが、その価格はずーっと安定しています。

山里: 普通だったらモノが少なくなってきたら価格は上がるはずですよね。

高: それが原理ですよね。価格が安定してるってことは、供給が安定してるってことなんですよ。

山里: でも石油とかに関して言えば思いっきり制裁かけられて、ほとんど輸入できないはずですよね?

高: 石油の価格は一時的に高騰とか急騰してることはあったけど、そんなめちゃくちゃな変化はありません。まず、中国から北朝鮮に対して原油が止まるってことはないんです。

10万人が携わる「見えない交易」

山里: 経済制裁で止まらないんですか?

高: それ、無理なんですよ。中朝はパイプラインでつながっていますが、構造上、一回止めてしまったら、中の原油が固まってしまって使い物にならなくなってしまいます。中国が経済制裁で石油を止めようとしたのは、ここ5年で3回ほどありますが、1月から3月期はゼロに近かったのが、なぜか12月になると例年と同じ水準だったりする。中国が国際社会の目を気にして、実際よりも少なく輸出量を発表している可能性が非常に高いと見ています。

山里: ほー。「制裁してますよ」「これだけ絞ってますよ」ってアピールですね。

高: そうです。デイリーNKも現地で取材したことありますが、「止められた」というときに中国と北朝鮮の国境地帯の石油工場に行ったら、普通に稼働してたんですよ。

山里: ということはですよ。経済制裁でダメージ与えるっていうことがもう機能しなくなってくるってことですよね?

高: 中国は別に本気で北朝鮮に対して経済制裁をして壊滅させるってつもりはないんですよ。韓国には高度ミサイル防衛システム「THAAD(サード)」という、中国がものすごく嫌がるミサイル防衛システムがありますが、今は北朝鮮があるから「ちょっと向こう」にある。ところが北朝鮮がなくなって韓国に吸収されてしまったら、THAADが中国の目の前に来ることになって、まさに悪夢です。

山里: 石油以外についてはどうなんですか?

高: 見えない交易というのがすごいんですよ。およそ10万人が携わっていると言われていて、例えば中朝国境では、大量にTシャツとか荷物包んだ北朝鮮のおっちゃんとかおばちゃんとかが大量にいます。北朝鮮では衣類が不足しているので、中国で仕入れた安いTシャツとかを売るんです。制裁が決定的に効かないのは現金。彼らは数千万ぐらいの現金な平気でハンドキャリーで持ち運ぶ。洋上の水産物の取引も銀行決済ではなく現金です。

マックが平壌にできたら...

山里: 北朝鮮の国民は、米朝首脳会談をどう受け止めていますか。北朝鮮のトップがちょっとすり寄っていく姿って、どうなんでしょう?

高: 米国のせいにして、北朝鮮国民の思想統制をしているので、米国と仲良くすることは統制がなくなることにつながります。国民としてはオッケーだと思います。

山里: 歓迎しているんですね。

高: ただ、金正恩氏にとっては非常にリスクがあることでもあります。米朝が接近すれば、思想統制の拠りどころにしていた「反米」がなくなって、例えばマクドナルドやスターバックスコーヒーが平壌にできるとなれば、当然北朝鮮でお金がある人たちは「アメリカ最高!」となる。過去の歴史をみるとヨーロッパも含めて世界中で起こっていることです。そうなると当然、「何やってんねん、金正恩」ってなってくるじゃないですか。反米国家ってのは意外と文化面で切り崩されているケースがある。
これは金正恩氏にとっては中期的、長期的に見たらリスクですが、制裁はあまり効いていないとはいえ、このままではじり貧になる。このあたりで難しい選択を迫られています。



次回(4)は、2018年6月8日公開予定!
拉致問題の「決着」について取材します。




プロフィール
高 英起(コウ・ヨンギ)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。