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山里亮太【緊急取材】米朝首脳会談(4) 拉致問題の「決着」はどこに?

J-CASTニュース名誉編集長・山里亮太(南海キャンディーズ)(左)、高英起(コウ・ヨンギ)さん
J-CASTニュース名誉編集長・山里亮太(南海キャンディーズ)(左)、高英起(コウ・ヨンギ)さん

   日本政府にとって、米朝首脳会談で拉致問題が動くかは大きな関心事です。2018年6月7日午後、米朝首脳会談に先駆け、安倍晋三首相とトランプ米大統領との会談がホワイトハウスで行われました。そこでトランプ氏は、米朝会談で、日本人拉致問題を提起することを約束。会談後の共同記者会見では、「首相の望み通り、必ず北朝鮮と議論したい」と話しました。

   ただ、北朝鮮側は再調査の約束を反故にしたまま「解決済み」を主張しています。首脳会談で、事態は進展するのでしょうか。

   J-CASTニュース名誉編集長の山里亮太が、北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長の高英起(コウ・ヨンギ)氏に聞きました。

「なぜ日本は直接言ってこないのか」

山里: 金正恩氏のお母さん、高英姫(コ・ヨンヒ)さんは、大阪生まれだと言われていますよね。ということは、正恩氏にとって日本は母親が生まれた国なわけで。正恩氏が日本のことをどう思っているのかなって気になります。

高: 政治的にやっぱり、彼自身は複雑な思いがあると思うんですよ。そうは言っても、政治的には対立していて、なかなか話はできない。もう一つは、最終的には大規模な支援を日本から得たりすることを見込んでいるにしても、そのために拉致問題を解決する方法もない。現状では、日本にも北朝鮮と話し合う体制ができていません。

山里: ニュースで見たんですが、南北首脳会談(4月27日)で、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が日本人拉致問題を取り上げた際、正恩氏は「なぜ、日本は直接言ってこないのか」と応じたとか。

高: あれはラブコールだと思いますが、「実際に話し合って、お互いに何を得るか」という問題です。日本は「拉致問題の全面解決」を主張していますが、いったい何をもって「全面解決」なのか。そこをはっきり日本が示してないんです。こういった条件では北朝鮮にも受け入れられないでしょう。
これまでの北朝鮮のやり取りの中で、北朝鮮側は、拉致被害者はすでに死亡している(または、そもそも入国していない)と説明し、一部の人については遺骨とされるものを引き渡してきました。

山里: 僕たちはそういう説明を受け入れなきゃいけない、ということでしょうか。

高: 事実関係はどこかではっきりさせなければなりません。これは言いにくいことですが、妥協点を見つけてどこかで落としどころをつけないと、話は絶対まとまりません。
日本政府が認定した拉致被害者17人(うち5人が帰国)以外に、拉致された可能性が排除できない「特定失踪者」が800人以上います。これはあくまでも「可能性が排除できない」であって単なる行方不明者かもしれない。実際、特定失踪者のなかには日本で生存が確認された人もいる。また現実的に考えて北朝鮮が800人も拉致しているというのはちょっと考えづらい。この特定失踪者を含めて「全部返せ」となれば、北朝鮮からしたら、「いない人なのにどうやって返せばいいのか」となってしまいます。

山里: その北朝鮮は、拉致問題に対してどんな反応をしているのですか。

高: 14年の「ストックホルム合意」で、北朝鮮は拉致被害者や行方不明者を含む「すべての日本人」の再調査を約束しましたが、日本側が核実験を理由に制裁を強化したのに反発して、一方的に反故にしてしまいました。調査委員会も解体を宣言し、それ以降、「拉致問題は解決済み」だと繰り返しています。

山里: 両者の溝は深いですね。

高: まずは「拉致被害者」として認定された人の帰国を目指すのか、あるいは、一度に特定失踪者を含めた帰国を目指すのか、ゴールを一回決定する必要があります。ゴールすら決定していないのに話してどうなる、となるのが難しいですよね。

米国人の解放とはリンクしない

どうなる米朝首脳会談(ドナルド・トランプ米国大統領(左)、金正恩委員長(右))
どうなる米朝首脳会談(ドナルド・トランプ米国大統領(左)、金正恩委員長(右))

山里:  米朝首脳会談に向けた話が進む中で、北朝鮮に拘束されていた米国人3人が解放されました。ですが、今の高さんのお話をうかがっていると、米国人3人が解放されたことと拉致問題の解決とはリンクしないような気もしてきました。

高: 拉致問題は北朝鮮と日本との2国間の問題であり、米国人の解放とはリンクしません。あまり期待値を高くすべきではないと思います。私は拉致問題に関わって25年くらいで、関係者と話をすることもあります。解決を望んでいる一人ですが、何回も何回も「今度こそ帰ってくるんじゃないだろうか」と言いつつ、全然話が進まない。そういうことが繰り返される中で期待ばかり高まると、何もなかった時にショックが大きいんですよね。
安倍晋三首相含めて、「今年も返してもらうことができませんでした」と総括することなく、ひたすら「今年こそ、今年こそ」と繰り返すばかりで、政府の本気度が全然伝わってこない。「本気で解決するつもりがあるのか」と思います。本気で解決しようと思ったら、どこかで妥協点を見つける。もしかしたらその妥協点は日本国民にとっては受け入れがたいものになるかもしれませんが、そこで受け入れられなかったら、また逆戻りで「また話は終わり」となってしまいます。
国民に納得できる妥協点を安倍さんなり、今の与党が定めてから交渉に臨まないと、北朝鮮が呑むこともないでしょう。

山里: 冒頭、金正恩氏が日本に対して「政治的に複雑な思い」を持っているという話がありました。拉致問題についてはどう思っているのでしょうか。

高: 何を考えているかは分かりませんが、正恩氏は拉致問題に対して、一応言い訳はできるんですよね。「あれは自分の時代のことではない」と。実際、拉致は父親の金正日総書記の時代に行われたことなので、正恩氏は「遺憾」を表明するなどして妥協点を探る可能性もあるでしょう。ただ、追い詰められて拉致問題に白旗を上げる、ということはありません。こちらも何か見返りを提供しないと無理ですよ、ってことなんですよ。



(了)




プロフィール
高 英起(コウ・ヨンギ)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。