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加藤千洋の「天安門クロニクル」(6)
特権と腐敗(上)壁新聞にみる学生、民衆の不満

   胡耀邦前総書記の死をきっかけに学生たちが火をつけた民主化要求運動は、徐々に民衆を巻き込む大衆運動としてのすそ野を広げていった。背景には年率18.5%(1988年)というインフレの嵐に見舞われて生活防衛に必死な民衆の間に、高級幹部とその子弟らが不正な手段によって私腹を肥やし、階層間の所得格差が拡大することに対する不満が高まっていたことがある。

   私の日課の天安門広場取材は、学生らを捕まえては彼らの訴えに耳を傾けたり、広場のテント村にできた印刷所で刷り上がった宣伝ビラを入手したり、たまに開かれる学生リーダーたちの記者会見に立ち会うなどだったが、広場の行き帰りに必ずチェックする場所があった。

  • 地下通路の壁に張り出された風刺漫画
    地下通路の壁に張り出された風刺漫画
  • 地下通路の壁に張り出された風刺漫画
  • 広場の印刷所

高級幹部のワイロ描いた風刺漫画

   広場の北を東西に走る長安街の方から広場に行くためには、長安街の下をくぐる長い地下通路を通らねばならない。その通路のコンクリート壁が、実は大事な取材ポイントだった。

   壁には学生や民衆が思い思いに書いた大字報(壁新聞)やらビラなどが張り出されていた。達筆な墨文字のものもあれば、ノートの切れ端に細かい字でびっしりと書かれたものも。新聞や写真の拡大コピー、それに大きなペンキ文字で「封建的世襲制にピリオドを打て」といったスローガンが書きなぐられていることもあった。

   中には真偽不明の政権内部の権力闘争の一端を漏らした情報も混じり、総じて興味深いものが多く、長文のものはカメラで撮影し、短いものはメモ帳に書き写したりした。1989年という時点での中国社会で学生らが渇望するものは何か。民衆の関心の所在や不満の矛先はどこに向けられているか。そうしたものがおぼろげながらつかめる内容であった。

   ここに紹介する風刺漫画もそうして集めたものの一つだ。写真では文字が読みにくいと思うので、若干補足しておこう。

   車が4台描かれている。赤い文字で「奔馳」とあるが、これは中国語でドイツ製高級車「ベンツ」のことだ。左端が600SEタイプで、その右が280SEL、次に260SE。そして右端は日本製の「皇冠」、トヨタのクラウンのことだ。つまり左端が最高級車で、徐々にランクが下がることを意味している。

   それぞれの所有者は、ベンツ600SEの背後の男は額に「公僕」とあるから「役人」ということだろう。よく太っているから下っ端役人ではなく、いわゆる「高級幹部」だろう。長く伸ばした左手の掌にはドル紙幣の札束が載っている。札束は右手に描かれた徳国人(ドイツ人)と日本人からいただいたワイロということのようで、「100億」と書かれている。巨額である。

   280SELに乗るのは「息子」、260SEは「娘婿」と書かれ、「皇冠」に乗る男は「トヨタじゃ不満だ。オレももっと高級車に乗りたい」とでもいうかのように泣きわめいている。

   車の下には別に3人の男。それぞれ高価な贈品らしきものや、酒の入ったグラスや宴会料理とともに描かれている。省政府や県政府の幹部のようで、彼らの上には「法制、党紀、政紀が効力を失う境界線」といった意味の言葉が書かれている。北京の中央政府の役人から省政府、さらに末端の県政府の役人まで、汚職がまん延している現状を皮肉ったものといえよう。

   私は取材の一環として、天安門広場周辺や市内の盛り場の電柱などの張り紙の類も結構な数を収集した。大字報やビラは学生たちが広場に設けた印刷センターのガリ版(謄写版)印刷機で作っていた。また大学の印刷機を利用したり、学生を支援する改革派のシンクタンクなどが協力して大量印刷したりしたものもあった。

清廉だった胡耀邦への共感

   そうした手作りメディアの中には党長老ら老幹部の家系図を描き、子弟がどのようなポストにあるかを暴露するものも目立った。いつまでも権力の座に居座る長老たちと、その子弟である「太子党」に対する民衆の反感が読み取れた。太子党ファミリーが、それぞれの職場やポストに付随する権力を「打ち出の小槌」にして、いかに莫大な収入を得ているかを赤裸々に描いたものもあった。

   民主化要求運動に立ちあがった学生たちの主張の中心は「自由と民主」、あるいは「言論・報道の自由」ではあったが、当初から「独裁」「専制」反対とならび高級幹部の「特権」「汚職」批判も目立ち、それが民衆の共感を呼ぶことにつながった点も見逃せない。

   そして「胡耀邦の死」を学生たちが惜しんだ理由の一つは、胡は指導者の中では際立って「清廉」だったと、学生たちが認識していたからだと思う。胡にも徳平と徳華という二人の息子がいるが、彼らの不正を告発するようなビラや大字報は、私は一枚も目撃していない。趙紫陽の息子についての「悪いうわさ」は学生たちのビラで何度か目にしたが。(次回「下」に続く)

加藤千洋さん

加藤千洋(かとう・ちひろ)
1947(昭和22)年東京生まれ。平安女学院大学客員教授。東京外国語大学卒。1972年朝日新聞社に入社。社会部、AERA編集部記者、論説委員、外報部長などを経て編集委員。この間、北京、バンコク、ワシントンなどに駐在。一連の中国報道で1999年度ボーン上田記念国際記者賞を受賞。2004年4月から4年半、「報道ステーション」(テレビ朝日系)初代コメンテーターを担当。2010年4月から、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。2018年4月から現職。
主な著訳書に『北京&東京 報道をコラムで』(朝日新聞社)、『胡同の記憶 北京夢華録』(岩波現代文庫)、『鄧小平 政治的伝記』(岩波現代文庫)など。
日中文化交流協会常任委員、日本ペンクラブ会員、日本記者クラブ会員。