J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

天皇陛下は「下町ロケット」がお好き? 平成後半の「ご視察」、中小企業に熱心だったワケ

   平成も残る日々が少なくなってきて陛下が公務に出られる機会もなくなりつつあるが、陛下の「企業ご視察」の足跡を振り返ると、中小企業のものづくりに非常に熱心に取り組んでこられたことがわかる。

   中小企業庁がホームページ上に「天皇陛下と中小企業とのお関わり~この10年」と題して、毎年のように中小企業を訪問、現場で働く従業員と交流する姿を写真つきで紹介しているからだ。また、宮内庁のホームページの「企業ご視察」を見ると、ここ10年どころか20年間、ほとんど中小企業ばかり回っておられる。陛下は本当に「下町ロケット」がお好きなのだろうか?宮内庁、中小企業庁などに理由を聞いた。

  • 「オーエックスエンジニアリング」で高機能車いすを見学される天皇・皇后両陛下(中小企業庁のホームページより)
    「オーエックスエンジニアリング」で高機能車いすを見学される天皇・皇后両陛下(中小企業庁のホームページより)
  • 「オーエックスエンジニアリング」で高機能車いすを見学される天皇・皇后両陛下(中小企業庁のホームページより)
  • 「メトラン」で最先端医療技術を見学される天皇陛下

中小企業庁「ご関心を示され、励まして頂きました」

   中小企業庁のホームページに掲載されているのは「天皇陛下御在位30年 天皇陛下と中小企業とのお関わり~この10年」。

   これは、各中央省庁が今年2月~4月に一斉に行なっている陛下の在位30年慶賀イベント企画の1つだ。たとえば、財務省なら「記念貨幣(1万円金貨などの)発行」、総務省なら「記念切手発行」、内閣府なら「特別展・江戸時代の天皇」、農林水産省なら「(競馬の)重賞記念レース」、防衛省なら「自衛艦の満艦飾・電灯飾」、警察庁なら「柔道、剣道、弓道の武道大会」といった具合だ。

   中小企業庁はこの企画の中で、

「天皇陛下には、毎年のように中小企業を御視察頂き、その技術や製品について、中小企業の経営者だけでなく、現場で働く従業員にまで熱心にご質問をされるなど日本経済の屋台骨である中小企業の方々にご関心を示され、励まして頂きました」

と説明して、毎年の視察の様子を写真入りで紹介している。

   これを見ると、医療や福祉関係で独自の技術を持つところや、東日本大震災で被災しながら頑張っている中小企業を熱心に回っていることがわかる。その足跡を見ると――。

(1)平成22年(2010年):「河野製作所」(ナノサイズの手術針など先端技術を持つ医療機器ベンチャー)。
(2)23年:「ワインディング福島」(巻線・モーター部品メーカー、震災で被災したが、千葉県東金市の精密機器会社に受け入れてもらい、営業を再開)。
(3)23年:「不二製作所」(あらゆる部品を、微細な研磨剤を噴射して鏡面に仕上げるエアーブラスト技術のパイオニア)。
(4)24年:「メトラン」(人工呼吸器などの医療機器メーカー)、
(5)25年:「新日本テック」(自動車・携帯の電子機器の金型部品メーカー)
(6)27年:「オーエックスエンジニアリング」(高機能車いす、犬用車いすメーカー)。
(7)28年:「ヤマホン」(木製建具、建材メーカー)
(8)28年:「田村酒造場」(創業200年の伝統酒造技術)
(9)30年:「浜野製作所」(精密板金、金型制作、機械加工メーカー)。

ベトナム留学生が起業した「未熟児の人工呼吸器」

   これらの企業の中には、知る人ぞ知る「下町ロケット」的な高度な技術と熱いドラマを持つところが少なくない。たとえば、埼玉県川口市にある医療機器メーカー「メトラン」(従業員40数人)は、南ベトナム(当時)からの留学生だったトラン・ゴック・フック氏(新田一福氏)が創業した、新生児の人工呼吸器専門の会社だ。フック氏はベトナム戦争が激しかった1968年に来日したが、サイゴンが陥落したため帰国できなくなり日本に帰化した。

   仕事に困って、何の知識もないまま飛び込んだのが医療機器メーカーだった。そこで、多くの未熟児が亡くなるのを見て、「赤ちゃん用の人工呼吸器があれば助けることができる」と開発に着手。現在、日本の「新生児用集中治療室」(NICU)の9割でこの人工呼吸器が使われている。わずか300グラムで生まれた赤ちゃんの命を助けた実績もある。日本の新生児生存率を世界トップ水準に引き上げた会社として、いくつかのメディアに紹介されている。

   千葉市若葉区にある「オーエックスエンジニアリング」は車いすの専門メーカー。普通の手動型から電動タイプ、さらに競技用の高機能車いすまで多くのタイプをそろえている。車いすテニスやバスケット、マラソンなど、パラリンピック選手の多くがこの会社の製品を使っている。また、事故で下半身を失った犬や、足腰が弱った老犬の車いすも、それぞれの犬に合わせて製作している。

   こうした企業を陛下は「大切な仕事なので頑張ってください」「細かい作業なので大変ですね」と従業員1人1人に声をかけて回られていた。

   ところで、宮内庁ホームページの「企業ご視察

   には毎年の視察企業の一覧が載っているが、面白いことに気づく。平成2年(1990年)から平成10年(1998年)までは名だたる大企業ばかりが並ぶ。旭硝子、東京電力、花王、日産自動車、石川島播磨、日本電気、レナウン、新日本製鐵、大日本インキ、凸版印刷、ソニー、王子製紙といった顔ぶれだ。

   ところが、平成11年(1999年)の「岡本硝子」(千葉県柏市・従業員約200人)を境に、一転して中小企業ばかり続く。岡本硝子は液晶化ガラスのベンチャー企業で、歯科治療の反射鏡のシェアでは世界の80%を誇り、無人深海探査装置「江戸っ子1号」の開発でも知られる。翌年から「山下電気」(品川区)、「東日製作所」(大田区)、「トックベアリング」(板橋区)、「スタック電子」(昭島市)、「住田光学ガラス」(さいたま市)...と、世間的にはあまり知られていないが、高い技術力を誇る会社ばかり訪問されている。

社員食堂で社員のみなさんと一緒に食事をしたい

   たとえば、「東日製作所」(従業員約130人)はねじを締めるトルク工具ひとすじの一見地味な会社だ。しかし、たった1本のねじが緩んでいただけで、自動車事故や橋の落下事故などにつながる。同社が作っているのは、そのねじの緩みを絶対許さないトルク機器だ。力が弱い人でも規定の力で締め付けることができるトルクレンチや、一連のねじ締め作業が間違いなく行われたかをチェックする管理システムまで手掛けている。

   「住田光学ガラス」(従業員約380人)は光のエネルギーをガラスの中に蓄えて発光する「蓄光ガラス」を世界で初めて発明し、「光ファイバー」のシェアの60%を占める「大きな町工場」だ。

   例外は、平成27年(2015年)のトヨタ自動車元町工場(豊田市)と、29年(2017年)の日本ゼオン川崎工場の視察だ。トヨタでは、世界初の量産型燃料電池車「MIRAI」(ミライ)」の生産工程を、日本ゼオンでは液晶ディスプレイの加工実験などを見学された。

   陛下はどんなお気持ちで熱心に中小企業を回られているのだろうか。大企業から中小企業へ、なぜ変わられたのだろうか。J-CASTニュースの取材に応じた中小企業庁の担当者はこう説明した。

「陛下がどんなお気持ちなのか、こちらではわかりませんし、コメントする立場ではありません。ただ、従業員1人1人に非常に熱心に声をかけられているのは確かです。東京の下町の会社を視察された時、会社側が事前に『お昼の仕出し弁当を用意しましょうか』と宮内庁に聞いたところ、『陛下は社員食堂で皆さんと一緒に食べるのを望んでいる』という返事があり、実際に社員食堂で従業員と同じものを食べられたと聞いています」

   視察する企業はどうやって決めるのか。陛下の方から「中小企業に行きたい」という希望を出されるのだろうか。担当者はこう語った。

「陛下でも、大臣でも、企業を視察する場合は、先方からどういう企業を見学したいのか、『ご要望』というものが経済産業省に伝えられます。経済産業省は縦割り組織ですから、すべての局に要望にあった企業候補を複数提出させて、それを宮内庁に渡します。その中から宮内庁が選んでいるのですが、実際に、陛下が中小企業を希望されているかどうかはこちらではわかりません」

   そこで、経済産業者の担当者に「どういう要望が宮内庁から来ているのか」と聞くと、「こちらではお答えできない。宮内庁に聞いてほしい。ただし、こちらが渡した企業のリストには毎回、大企業も中小企業も入っています」とのことだった。となると、宮内庁ではここ20年間、ほぼ中小企業ばかりリストの中から選んでいることになるが......。

   陛下の「ご視察」を担当する宮内庁官房総務課行幸啓係に電話すると、総務課報道室に電話が回されて、こんな答えが返ってきた。

「経済産業省から推薦された企業の中から選んでいます。個々の案件の事務の詳細については回答しないことになっています」

(福田和郎)