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安倍氏へのヤジは「演説妨害」だったのか 札幌「排除」問題、警察OBと弁護士の見解割れる

   参院選にかかる札幌市での応援演説に立った安倍晋三首相(自民党総裁)に野次を飛ばした聴衆を警察が「排除」した問題が波紋を広げている。少なくとも2人がその場から移動させられたが、専門家の目にはどう映るのか。論点の1つは、今回の野次が、公職選挙法が禁じる「演説妨害」にあたるかどうかにありそうだ。

   元千葉県警警部の田野重徳氏は、「演説妨害」に該当し得るとし、「私が警察官として当事者であっても、同様の措置を講じます」と警察の行為を支持した。一方、弁護士法人・響の藤田圭介弁護士は聴衆が演説を妨害したとは言えないと思われるとして、警察の行為を「不当な弾圧ととられかねない」と指摘する。元北海道警察警視長の原田宏二氏も「野次すら言ってはいけないのであれば、民主主義は成立しない」と強く問題視した。

  • 安倍晋三氏(2019年6月撮影)
    安倍晋三氏(2019年6月撮影)
  • 安倍晋三氏(2019年6月撮影)

「この状況で何もしない警察官の方がバッシングを受けると思う」

   安倍氏は2019年7月15日、JR札幌駅前で選挙カーの上に立って演説。駅前には広場があり、総裁が応援に駆け付けたということで100人単位の聴衆が集まった。インターネット上には野次の現場を撮影した動画が複数投稿されている。

   ある男性は、安倍氏が立つ選挙カーから7~8メートルほど離れた歩道で「安倍辞めろ。帰れ。帰れ。安倍帰れ」と大声を飛ばした。10秒ほど続いたところで、制服警官や私服警官とみられる5~6人が男性を取り囲み、肩をつかみながら、選挙カーから遠ざけるように移動させた。その間も男性は「安倍辞めろ」と連呼していた。

   別のある女性はこの歩道の後ろにある広場で、「増税反対」と何度も叫んだ。同様に警官5~6人に取り囲まれ、後ろへ移動させられた。いずれも拡声器や楽器などの道具は使っていなかった。集団でもなく、それぞれ1人での野次だった。

   元千葉県警察刑事課長警部で犯罪評論家の田野重徳氏はJ-CASTニュースの取材に、今回のケースについて、「私が警察官として当事者であっても、同様の措置を講じます。この状況で何もしない警察官の方がバッシングを受けると思います。本件は、動画を見る限り『促されての退去』と認められます」と道警の行為を支持する。

「動画にて確認したところ、自民党総裁が参院選の応援演説を行い、その内容を多数の聴衆が立ち止まり聞き入っている場です。聴衆は総裁の政策について、直に自己の耳で聞き、今後の支持・不支持を決定しようとする滅多にない場面であり、投票先の選択を熟慮する場面です。

その様な場所で、大きな声で罵声を何度もあげる行為は、聴衆が総裁の演説を聴き取ることが困難となる恐れがあり、公職選挙法第225条が禁じる選挙の自由妨害に当たります。(警察の)本行為は、同条違反者に対する、警察官職務執行法5条に基づいた制止と考えます。

警察の責務は警察法2条で示すとおり、公共の安全と秩序の維持に当たることです。国民が警察に期待する常識的職務として、この罵声をあげている人に対して何らの制止行為を行わなければ、その責務は達せられません」

   野次の聴衆を移動させた道警の行為は、刑法194条が禁じる特別公務員職権乱用罪にあたり得るという指摘もある。だが田野氏は、これに懐疑的な見解を示している。

「最高裁判例(1948年12月24日)で『選挙の演説妨害とは、聴衆がこれを聞き取ることが不可能または困難ならしめる様な行為』と判示していますので、本件においても構成要件該当性があると考えます。警察がしたのは違法行為に対する制止行為ですので、特別公務員職権乱用に該当することなく、適正な職務行為と考えます。動画を確認するも、必要以上の実力行使並びに加虐行為はなく、促しながらの制止・退去と認めます」

「表現の自由への権力による不当な弾圧」と見る専門家も

   だが、弁護士法人・響の藤田圭介弁護士は、今回の警察の行為について次のように「不当な弾圧ととられかねない」という見方を示す。

「確かに、公職選挙法225条2号では、『演説を妨害』した場合は、選挙の自由妨害罪にあたるという規定はあります。

しかし、判例上、同条の『演説を妨害』といえるためには、他の野次発言者と相呼応し、一般聴衆がその演説を聞き取り難くなるほど執拗に自らも野次発言あるいは質問などをなし、一時演説を中止するも止むなきに至らしめることが必要であるところ、本件の聴衆の男性が『安倍やめろ』と野次を繰り返し飛ばした行為や、聴衆の女性が『増税反対』などと叫んだ行為は、単独でかつ肉声のみで行われた行為であることからすると、『演説を妨害』したとはいえないと思われます。

今回の『強制退去』に関しては、法的根拠に基づかない、一般市民の表現の自由への権力による不当な弾圧の可能性があります」

   類似のケースとして、藤田弁護士は16年参院選における安倍氏の演説で起きた出来事をあげる。

「これは、安倍首相がJR吉祥寺駅北口前で街頭演説をおこなうと告知され大勢の人が集まっていましたが、安倍首相の演説がはじまる前、『アベ政治を許さない』というプラカードを掲げて歩いていた男性がSPにマークされ、警官に注意を受けて選挙カーから遠ざけるように誘導されたというケースです。このケースについてもプラカードを掲げて歩いていただけであり『演説を妨害』したとはいえないと思われます。こちらも、本件同様に権力による不当な弾圧ととられかねません」

「明らかに警察の政治的中立性が形骸化している」

   また、他の政党・議員・候補者の演説と比べても、警察の対応には疑問が残るという。

「警察の活動は行政活動にあたることから、平等原則(憲法14条1項)が妥当し、合理的な理由がない限りは、平等に規制を行わなければなりません。そのため一般論として、他の政党・他の議員・他の候補者の選挙演説中に同様の野次が飛んだ場合でも、同様に警察によって強制移動させられると考えるのが通常の考え方です。

しかしながら、7月12日の共産党候補の応援に山本太郎・れいわ新選組代表が駆け付けた街頭演説において、拡声器を持って批判的発言をしていた男性がいたにもかかわらず、警察は強制移動させないどころか、一切注意をしなかったという報告がSNS上で多数なされました。

このことが事実だとすると、警察は安倍首相の演説のみを擁護し、他の政党・他の議員・他の候補者の演説を擁護しようとしていないことがうかがえ、この取り扱いも首相だからというだけで合理的理由は認められません。警察の政治的中立性が形骸化していると疑われます。

このような首相の演説に対する批判的発言のみが規制されるということになると、一般市民の表現の自由が侵害され、首相に対する抗議ができず、最終的に国民主権・民主主義という憲法の基本的価値が崩壊してしまいます」(藤田弁護士)

   その上で藤田弁護士は、警察の行為が上記「特別公務員職権乱用罪」に当たる可能性もあるという見解を示した。

「同罪の『濫用』にあたるというためには、警察官が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることです(最高裁決定・1982年1月28日)。先ほどのように今回の強制退去行為が、法的根拠に基づかない、一般市民の表現の自由への権力による不当な弾圧であった場合、『濫用』にあたる可能性があります。よって、特別公務員職権乱用罪にあたる可能性はあるといえます」

「『増税反対』でも『辞めろ』でも、警察が介入して排除することではない」

   元道警警視長で選挙対応の責任者を歴任してきた原田宏二氏は、J-CASTニュースの取材に「今回の警察の行為は法的な根拠を欠き、違法だと思います」と話す。

「映像を見る限り、野次をしていた人の脇を両側から抱え、複数人で連れ出したと見え、明らかに強制力を行使していると思います。このようなケースで考えられる警察の強制力は、警察官職務執行法5条が定める犯罪予防のための警告・制止です。これに該当する状況だったかを考えてみます。

『警告』は一般的には口頭で行います。『制止』は現場の状況に応じて必要な程度の実力を使うことも許されますが、それも人の生命・身体に危害が及ぶような緊急時にすることができます。しかし、本件はそのよう状況にあったとは思えません。だとすると、法的根拠がないままに強制力を行使したことになり、違法だろうと思います」

   複数の県警で捜査二課長(選挙違反の取り締まりなどを所管)をつとめたほか、警察署長や方面本部長などの立場でも選挙違反事件を指揮してきた原田氏は、自身の経験に照らして「選挙演説をしているのが与党か野党か以前に、警察がこのような監視や取り締まりをするべきではない」とする。

「地元警察は演説場所周辺で安倍氏に対する万が一の攻撃に備えて警護をしているはずです。しかし、今回のケースは市民が凶器を持ち出していたわけでもなく、スピーカーなどで大音量を出して演説を止めようとしていたわけでもありません。個人的な野次のようです。

直接見る機会が滅多にない自民党総裁の演説を聞きに集まり、日頃考えていることを叫ぶのは、広い意味で有権者に許された政治活動・選挙活動の一環だと私は思います。『増税反対』でも『憲法改正反対』でも『辞めろ』でも、警察が介入して実力で排除することではありません。そうした野次すら言ってはいけないのであれば、民主主義は成立しない。民主警察のやることではありません」

「警察の監視下で選挙が行われているような現実」

   選挙中の警察の行為が問題化した例で思い出されるのは志布志事件。03年の鹿児島県議選の当選者が買収会合を開いたとして、15人が公職選挙法違反容疑で逮捕、うち13人が起訴されたが、07年に全員(1人は公判中に死去)の無罪が確定した。同時に警察の捜査手法に違法性が認定された。さらに16年の参院選大分選挙区では、現職候補らを支援する労働組合などが入る建物の敷地に、同県警警察官が「隠しカメラ」を設置していたことが発覚。4人が建造物侵入容疑で書類送検された。

   志布志事件の国賠訴訟にも関わってきた原田氏は、こうした事件を頭によぎらせたという。さらに札幌のケースから3日後の7月18日には、滋賀のJR大津京駅前で、安倍氏の応援演説中に野次を飛ばした男性が警察官に取り囲まれた。原田氏は「戦後74年が経った今なお、警察の監視下で選挙が行われているような現実があり、札幌の問題の根底にもそれがあると考えます。いまだに民主主義の根幹である選挙に警察が介入していく。この問題は警察の不手際ということを超えて考えないといけない」と警鐘を鳴らした。

   北海道警察本部広報に、今回の警察の行為に対する見解を改めて聞いたが、「本件については回答していない」とするにとどめた。

   弁護士団体「自由法曹団」は19日、今回の警察の対応は「公権力が、有形力を行使して時の権力者に対する批判を強制的に封じ込めることにもつながりかねない」として、「民主主義を守り、政治的言論の自由の保障を求める立場から、今回の北海道警警備部の対応に対して厳重に抗議するとともに、全国の警察等の公権力に対して政治的言論に対する干渉を行うことのないよう強く要請する」と抗議声明を発表している。

(J-CASTニュース編集部 青木正典)