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苦境に陥るFB仮想通貨「リブラ」の論点

   米フェイスブック(FB)が発行を計画する仮想通貨(暗号資産)「リブラ」への風当たりが強まっている。

   主要国は、金融システムに深刻な影響を及ぼす恐れがあるとして「最高水準の規制」を打ち出す。金融当局は何を恐れているのか。

  • リブラ公式サイト
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当初は好意的な受け止め多かったが

   FBの計画によると、リブラは2020年のサービス開始を目指している。代表的な仮想通貨ビットコインのようにマイニング(採掘)で発行量が増えたり、価格が乱高下したりしない仕組みにするのが大きな特徴だ。ドル、円、ユーロなど法定通貨とのレートを固定する、つまり、手持ちの円など通貨を一定のレートでリブラと交換できるようにする。そのための裏付けとして、リブラの発行量に見合うドルなど法定通貨建ての試算(国債など)を保有するという。FBのアプリ「メッセンジャー」や「ワッツアップ」などを使って、個人と個人、個人と法人の間の国境を越えた送金やネット通販の決済に使える。海外送金する場合、平均7%の手数料がかかるとされるが、リブラは手数料が基本的に不要。「銀行口座を持たない貧困国の約17億人に金融サービスを提供する」というのが最大のセールスポイントだ。

   リブラの発行は、クレジットカードのビザとマスターカード、ライドシェアのウーバーテクノロジーズ、音楽配信のスポティファイなどが参加してスイスに設立する非営利の「リブラ協会」が行い、リブラのやり取りには既存の仮想通貨と同様、データが分散保持されて改竄できない「ブロックチェーン」の技術を活用するという。

   6月18日にFBが発行計画を発表すると、「さすがFB」と、肯定的に受け止める声も多く出された。貧困層に向けた地球規模の金融インフラとなり、生活を決済面から支援できる可能性を秘めるだけに、従来の仮想通貨とは比較にならない広がりを持ち、銀行を介さぬ金融秩序を築くという壮大な可能性が注目されたのだ。ビットコインなどと異なり、円やドル、ユーロなどと連動させ、投機性が弱くなる点も高評価だった。

問題点は大きく分けて「3つ」

   だが、時間がたつとともに、警戒感が広がり、7月18日閉幕した主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議は各国中央銀行代表で構成する作業部会が10月までに規制の在り方に関する報告書をまとめるとした。直近でも、8月20日にはEU欧州委員会が競争法(独占禁止法)違反の疑いで調査を開始したと米ブルームバーグなどが報道、ポンペオ米国防長官も同じ20日のインタビューで、規制について言及した。

   リブラの問題点について、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が7月の議会証言で「重大な懸念を抱えている」と発言した3点に集約できる。つまり、(1)個人情報保護、(2)マネーロンダリング(資金洗浄)、(3)金融システムへの影響――の3つだ。

   第1は、利用者の個人情報が過去に大量流出したFBへの不信はもちろん、ビットコインが流出する(盗まれる)など仮想通貨全般の信頼性の問題だ。

   第2に、リブラを介し反社会的組織やテロ組織に資金が流れれば社会の安全、世界的な安全保障を脅かす。仮想通貨は匿名性が高く、銀行送金では本人確認が厳しく行われるが、リブラが十分にチェックできるか、不安視される。

   ただ、それ以上に心配なのが3つ目で、金融分野で各国の主権を脅かしかねない点に、各国当局が鋭い視線を向ける。

   リブラの仕組み、ドルや円など各国の公定の通貨を裏付けとするということを、もう少し詳しく見てみよう。リブラをほしい人は決まった取引所で、ドルや円でリブラを買い、リブラの発行主体である「リブラ協会」は手元に入る通貨を分散投資する。米議会公聴会でFB側は「米ドル50%、ほかはユーロ、英ポンド、円など」というから、一種の通貨バスケットのようなイメージだ。具体的には各国債などの「高格付け」資産に投資し、その利子収入は発行・管理手数料に充てる。ビットコインなど既存仮想通貨は、こうした裏付け資産がないので、投機資金の動きで乱高下するが、リブラはその心配はないという。

   だが、いくら信用力の高い公債中心に投資しても、価値が損なわれることはあり、そうなればリブラの価値も下がるというリスクからは逃れられない。

「巨大通貨」誕生で何が起こるか

   なにより、地球の人口の約3分の1ともいわれるFBの利用者が、リブラを本格使用し、ドルなどの資金量を超えるような巨大通貨が突然登場する衝撃は計り知れない。銀行から預金が大量に下ろされてリブラに交換され、一国の経済規模さえ超える額の資金が特定の企業集団に集中すれば、金融システムを揺るがす懸念は強い。

   例えば、日銀の金融政策を考えてみよう。デフレ脱却のためとして、金利を低く抑えるために国債を大量に買い続けていて、いまや発行済み国債の半分を日銀が保有する。リブラが肥大化すれば、買える国債が枯渇するような事態も、ありえないとは言い切れない。

   金融政策で日銀がさらに金利を下げたいと国債を買っている時、何かのリブラの都合(例えば大量の情報漏えいでリブラの解約殺到)で、リブラ協会が日本国債を大量に手放すという、金融政策に逆行する行動に出て、日銀の政策に支障が生じることも考えられる――というように、リブラが金融政策の攪乱要因になり恐れは大いにある。国際通貨基金(IMF)は7月に発表した報告書で「結果として中央銀行の金融政策のコントロールは失われる可能性がある」と警告している。

   そこで、G7でも検討される規制だが、これも手探りだ。日本の場合、仮想通貨を規制する「資金決済法」では、法定通貨の裏付けがあるものは仮想通貨ではないと定義している。リブラは為替取引に近いとして、銀行業や資金決算業者として扱われる可能性があるとの声がある。

   法定通貨、国債などを裏付けとする点で、MMF(マネー・マーケット・ファンド)に近く、投資信託の一種の金融商品として取り扱われる可能性も指摘されている。

   こうしたリブラについて、大手紙も一斉に社説で取り上げている。

   「リブラの恩恵を生かす視点も重要だ」(日経7月20日)、「リブラの理念には共感できる部分もある」(東京7月29日)、「リブラの送金、決済サービスが実現すれば、従来の仮想通貨とは比較にならない広がりを持つ。技術を駆使して金融の利便性を高めるのは世界の潮流であり、恩恵は国境を超えよう」(産経6月26日「主張」)など、リブラの効用を評価しつつ、様々な懸念を列挙するのは共通。ただ、その「懸念の度合い」が微妙に異なる。

懸念強調する毎日・読売、活用求める日経

   毎日(7月21日)は「その中核に位置するFBのザッカーバーグ最高経営責任者は、1人で同社の議決権付き株式の過半を保有する。民主主義を土台とする政府の力が及ばない一個人に、想像もできないほどの権限が握られかねない」、読売(7月18日)も「リブラはネット上を流通する。通貨を発行・管理する国家主権を脅かし、当局の監視が及ばない制御困難な存在になり得る。各国が危機感を抱くのは無理もない。......経済のデジタル化に合わせた実効性ある規制作りは世界共通の課題といえる」、産経は「各国の金融当局が警戒するのも無理はない。......FBは前のめりに動かず、懸念払拭の具体策を明確に示すべきである」「利点とリスクを慎重に見極め、新たなルールの構築に向けて各国と連携して対処しなければならない」と、懸念を強調する。

   これに対し、日経は「安心と便利を両立させる制度づくりを望みたい。既存の銀行も、リブラの登場をサービス向上の好機にしてほしい」、東京も「安全を担保しながらより多くの人々に恩恵が行き渡る高次元の知恵が求められるだろう」と、活用に力点を置く。

   いずれにせよ、リブラをどのように規制すればいいかの議論はこれから本格化する。2020年発効というFBの構想はいくらなんでも難しく、市場関係者の間では「発行が認められるまで3~5年はかかるのではないか」との声が出ているという。