J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

「救える命」救う体制は作れるか 足りぬ児童福祉司、「質」確保しつつ「量」増やす難しさ

   「何としても守られるべきだったし、救える命であった」――千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さん(当時10)が死亡した虐待事件(2019年1月)をめぐり、県の検証委員会がまとめた報告書は、こう無念さをにじませた。

   事件後の報道で一連の行政対応のミスが伝えられると、テレビの情報番組やネット上で厳しい批判の声が相次いだ。一方で、急増する児童虐待の件数に対し、児童相談所の児童福祉司などの人員態勢が追い付かず、「現場は疲弊している」との指摘も出た。多岐にわたる論点・問題点のうち、児童福祉司の増員に向けた現状を追った。

  • 厚生労働省サイトの「児童相談所全国共通ダイヤルについて」ページ。2019年12月3日朝から通話料が無料となった。
    厚生労働省サイトの「児童相談所全国共通ダイヤルについて」ページ。2019年12月3日朝から通話料が無料となった。
  • 厚生労働省サイトの「児童相談所全国共通ダイヤルについて」ページ。2019年12月3日朝から通話料が無料となった。

「人員増を含む体制強化が追いつかず、人材育成は後手に回り...」

   千葉県が設置した、外部有識者による検証委員会(川﨑二三彦・委員長)が検証報告書をまとめて県に提出したのは2019年11月25日。県の児童相談所や野田市(報告書では「A市」)などの対応について、「基本ルールが徹底されておらず」「ミスがミスを呼び、(略)漫然と推移した末に痛ましい結果を招いたと言わざるを得ない」と批判した。

   ミスの具体例としては、心愛さんが父親の暴力を訴えた学校アンケートを市教委が父親の要求に応じて渡した件や、医師の診断などを踏まえ「(心愛さんの)一時保護は(その時点で)解除すべきでなかった」(報告書)のに、児相が解除してしまったことなどに触れている。

   こうした事例は、父親が1月末に逮捕(心愛さんへの傷害容疑、のちに傷害致死罪などで起訴)された後、比較的早い段階からメディアで報じられていた。こうした一連の行政対応は批判を集め、J-CASTニュースでは「千葉の女児死亡で『児相職員』バッシング 心理学博士に『過熱の理由』を聞く」(2月6日)などの記事を配信した。

   11月の報告書は、一連の経過の「背景」について「さまざまな課題が重層的に絡んでいた」と指摘、「(担当した児相も)人員増を含む体制強化が追いつかず、人材育成は後手に回り、個々の職員は基礎的な知識を得る間もなく日々の対応に追われ、原則的な対応すら守れない状況があった」などと分析。

政府は「増員」計画を掲げるが

   具体的な数字としては、「A市の人口が約15万人にも関わらず、A市担当児童福祉司2名体制で対応していた」「(略)当時の児童福祉法施行令では、人口4万人に1人の児童福祉司が標準とされており、国の標準を大きく上回る業務量となっていた」と触れている。その上で「提言」のひとつとして、「児相の業務執行体制の強化(人員・組織体制)を図ること」の項目を挙げている。なお、上記にある「4万人に1人」の配置標準は、一人あたりの担当ケースを減らすため、後述の政府新プラン(18年12月)で「3万人に1人」に見直されている。

   こうした児相の人出不足問題は、心愛さんの事件が起きる前から指摘されていたが、同事件について落語家の立川志らくさんが(19年)2月8日、情報番組「ひるおび!」(TBS系)で「人手が足らないとかは言い訳にならない」と指摘するなど反発する声があるのも事実だ。

   一方で、「(「招いた結果は重大で、弁解の余地はない」としつつも、)批判するだけでなく、背景にある構造問題に目を向け、そこを正さなければ、また同じことが繰り返されかねない」(朝日新聞、2月20日「社説」)として、児童福祉司の数の少なさを含めた「構造問題」に目を向ける視点もある。

   政府は事件前の2018年12月18日、「児童虐待防止対策体制総合強化プラン」(新プラン)をまとめていた。児童福祉司の配置については、2017年度の3235人を22年度までに5260人に2000人以上増やすとしている。うち半分(約1000人分)を19年度に前倒しして、地方交付税措置をとった。厚労省の公開データで児童福祉司の最近の配置状況(全国)をみると、2017年度は3235人、18年度は3426人、19年度(4月1日時点、任用予定含む)は3817人となっている。20年度(4月1日時点)の数字がどこまで増えるか注目される。

「質の確保」と「育成の限界」

   個別の都道府県の状況はどうか。2大都府をみてみると、大阪府は8月7日、「重大な児童虐待ゼロに向けた対策の強化」に関する発表を行った。府の資料(政令指定都市の大阪市と堺市を除く数字)によると、2012年度に139人だったのが18年度に177人、19年度(4月1日時点、任用予定含む)は199人まで増えている。さらに国の配置基準の変更をうけ、27年度までに143人を増員し、342人を確保する計画だ。毎年度20人程度、増やしていくという。

   また東京都では、18年度266人、19年度(4月1日時点、任用予定含む)274人(定数枠315人)となっている(いずれも23区を含む)。新プランが示す22年度に向けては、現状の計算では491人(法改正をうけて20年度に児相開設予定の荒川、江戸川、世田谷の3区を除く)を達成することが目標。都内では20年度以降、上記3区以外にも児相を新設する特別区が出てくる予定で、22年度の目標値は今後変わる可能性もある。

   都の担当者は「児童福祉司の量の確保は必要だが、同時に質を確保していかなければならないため、育成には限界がある」と指摘したうえで、「(22年度の)目標達成に向けて、毎年一定程度の人数を増やしていけるよう、努力を重ねていきたい」と話していた。

約45%が勤続3年未満...専門性も議論

   全国の児童相談所が相談対応した児童虐待件数は急増している。2018年度は統計を取り始めた1990年(約1100件)以降で最も多い15万9850件(速報値、厚労省2019年8月1日公表)だった。数字が増えていること自体に対しては、周囲の意識の高まりや行政側が幅広い事案に対応しようとしている姿勢の反映という側面もある、との指摘もあるが、児童福祉司らが対応を迫られる件数が増えているのは間違いない。18年度の数字は、17年度から2万6000件以上増えており、5年前(13年度、約7万3800件)の2倍以上、10年前(08年度、約4万2600件)の約3.7倍という急増ぶりを示している。

   もっとも、単純に児童福祉司の数だけ増やせばよいわけではない。各人の専門性を高める必要性なども指摘されている。厚労省によると「2018年度の児童福祉司の勤務年数」は、3年未満が約45%もいる。「児童福祉司」は、同名の国家資格があるわけではなく、一定の条件(社会福祉士=国家資格=など)を満たした職員が任用され、数年から5年程度で他部署へ異動となることも多い。

   専門性を高めるため、児童福祉司の国家資格化に関する議論も始まっているが、賛否の声があがっている。また、児相と警察との連携強化の是非など課題は多い。さらには、保護者対応などの際の大きな心理的負担も指摘され、毎日新聞の独自調査で「精神疾患の休職率 児童福祉司、教員の4倍」(19年11月27日)という報道も出ており、サポート体制の充実も急務だ。

   事件後には心愛さんの父親が1月末に、母親は2月に逮捕された。傷害幇(ほう)助罪に問われた母親の裁判は6月26日に判決公判があり、千葉地裁は懲役2年6月、保護観察付き執行猶予5年を言い渡した。父親の裁判は2020年2月に始まる。