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岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
「マスク不要論」で感染拡大? 方針変更に怒る国民

「もっと早くからマスクをしていたら、新型コロナウイルスの感染拡大を防げたのではないか」

   これまでマスクに抵抗があった米国で、そんな怒りの声が今、聞こえ始めた。

   2020年4月1日に安倍首相が公表した「日本の全世帯に布マスク2枚配布」については、米メディアでも取り上げられた。

   日本国内で「税金の無駄遣い」、「それより早急に、緊急事態宣言を出すべきだ」、「エープリルフールの冗談か」などと批判されているとしながらも、米国内ではごく最近になって、マスクの有効性が注目され始めたと伝えている。

  • マフラーや服の襟元で顔を覆い隠す人も目立つ(ニューヨークの地下鉄で、筆者撮影)
    マフラーや服の襟元で顔を覆い隠す人も目立つ(ニューヨークの地下鉄で、筆者撮影)
  • マフラーや服の襟元で顔を覆い隠す人も目立つ(ニューヨークの地下鉄で、筆者撮影)

ブラジャーで作ったマスクの写真

   米国全体から見れば、マスクをしている人はまだ少ないものの、ニューヨーク市内ではその割合が急増している。米国に住む私の友人知人も、一斉にマスクをし始めた。

   ニューヨークに住む友人のデビーは、ブラジャーで作ったマスクをした写真を送ってきた。彼女が友だちと2人でビーチを散歩した時の写真でも、どちらもサングラスとマスクをし、顔のほとんどが隠れた状態だ。

   フロリダ州の友人は、「手元にマスクが3枚しかない。1枚はもうクタクタ。でも手に入らない」と心配している。

   高校留学時代のホームステイ先のホストシスター・ダイアンとその夫(カリフォルニア州マデラ在住)も、今では外出時には必ずマスクをするという。彼女の姉のスージー(ウィスコンシン州ミルウォーキー在住)は、数年前まで看護師として働いていた。彼女は今、市内の病院やクリニックのために、マスクを手作りしている。

   この連載でこれまでに何度も書いてきたが、欧米では医療従事者以外がマスクをしていると、重病患者だと思われた。顔を隠すことは表情が見えないために不気味な印象を与え、不安や恐怖をあおる。強盗などの犯罪のイメージと結びつける人も多い。

   マスクを使用する習慣がないため、もともと店舗でも在庫は少なかった。長年、米国に住みながら、普通のドラッグストアでマスクを売っていたことに気づかなかったほど、これまで米国とマスクは結び付かなかった。それだけに今、米国ではいかに事態が深刻化しているかがわかる。

衛生当局トップが「マスクを買うのはやめなさい!」

   こうした動きは、ここに来て、急速に広まった。米国で感染が急激に拡大した一方で、日本や韓国、台湾などマスクが普及するアジア諸国では、比較的、感染拡大が抑えられているように見えることなどから、マスコミもマスクの有効性を訴え始めた。

   ニューヨーク・タイムズ紙は4月1日付の紙面で、マスクの型紙を載せ、布マスクの作り方を紹介した。

   ただ、トランプ政権は当初、「感染拡大を阻止するために、マスクの着用は不要」としていた。WHO(世界保健機関)も、感染者と接触する人や、咳やくしゃみなどの症状のある人だけに、マスク着用を勧めていた。

   2月29日時点では、米公衆衛生局ジェローム・アダムス長官は、大文字で強調し、ツイッターで次のように訴えた。

Seriously people- STOP BUYING MASKS! They are NOT effective in preventing general public from catching Coronavirus, but if healthcare providers can't get them to care for sick patients, it puts them and our communities at risk!
真面目に皆さん、マスクを買うのをやめなさい! マスクは新型コロナウイルスの感染から、一般市民を守る効果はない。でももし、患者の治療にあたる医療従事者が(マスクを)入手できなければ、自身や地域社会を危険にさらすことになる!

   ところが4月1日、アダムス長官は米ABCテレビ局の番組で、「医療用マスクは、医療従事者の手に届けるべきだ」としたうえで、「無症状の感染が、かなり拡大しているのがわかっている」とし、「CDC(疾病対策センター)はマスクについてのガイドラインの見直しを求められている」と主張した。

指針を見直し始めた「疾病対策センター」

   CDCは一般人のマスク着用について、指針の見直しを始めた。ワシントン・ポスト紙が入手した内部資料によると、「口や鼻をふさぐ簡単な布マスクでも、ウイルスの拡散を防ぐことができる」とされている。

   これを受けてトランプ大統領は4月3日、「CDCが何らかの方法で顔を覆うように要請している」とし、国民に対して外出時のマスク着用を推奨すると発表した。

   布マスクなら洗って使え、医療従事者のマスク不足を回避できる。しかし、米国で広くマスクを普及させるのは、文化的に難しいと思われることから、その着用は個人の判断に任せるものの、外出時は何かで顔を覆うよう、国民に勧告している。相手との距離をしっかり取り、手洗いなどは続けるべきであることは言うまでもない。

   2日の記者会見でトランプ氏は、医療用マスクが不足しないように、「鼻や口を覆うには、スカーフはもっとよいだろう。生地に厚みもあるから」と話した。

   米市民の一部からは前々から、「マスクに感染から守る効果がないというのに、なぜ医療従事者は使っているのか」と疑問の声もあがっていた。

   そして今、政府の指針が変わったことに、怒りをぶつける人たちもいる。

「政府や専門家の報道を信じて、これまでマスクをしていなかった。あれだけマスクは必要ないと言っておきながら、今になって主張を覆すとは」
「感染拡大前に、マスクをするようになぜ国民に訴えなかったのか。人々は何の予防もなしに、歩き回っていた」
「こんなに多くの命が奪われた。アダムス長官は辞任すべきだ」

との声もある。

   一般の人のマスク着用に効果があるのか。専門家の意見は今も分かれる。しかし、症状のない無症状感染者が、知らないうちにほかの人に移してしまうのを防げるとし、そのメリットを強調する医療専門家は確実に増えている。

   マスクを過信して手洗いや人との距離を取ることを怠る、マスクを正しく使わずに逆に感染のリスクを増やす、といった懸念もある。

   また、最もマスクを必要とする医療従事者の手に、ますます届かなくなる、という危機感もある。米国ではN95医療用マスクが足りていない。前線で働く医療従事者は、「同じマスクをし続けている」と訴えている。

   アメリカ人の友人から送られてくるマスク姿の写真を、私は今、複雑な思いで見ている。 お互いに顔を全部見せて、笑い合える時が一刻も早く来てほしいと祈るばかりだ。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。