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原油価格「マイナス」その背景と今後 オイルマネー引き上げで「コロナショックに追い打ちも...」

   米ニューヨーク原油先物市場で2020年4月20日、価格が史上初の「マイナス」となったことは、世界に大きな驚きを与えた。

   新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中、原油を巡る米国、ロシア、サウジアラビアの3者による「チキンレース」は、ひとまず減産合意に漕ぎ着けたのはわずか1週間前のこと。

   戦略商品として戦争の原因にも武器にもなってきた石油だから、これまでも各国の利害が対立し、増産・価格下落・減産を繰り返してきたが、今回は短時間でめまぐるしく局面が変化した。「価格カルテル」の片棒を米国が担ぐという歴史的な出来事だが、この間、減産決裂―大増産―減産合意と事態が目まぐるしく動く中、価格は急落したまま回復する見通しは立たず、世界経済をかく乱し続けそうだ。

  • 原油価格の動向に注目が集まる(写真はイメージ)
    原油価格の動向に注目が集まる(写真はイメージ)
  • 原油価格の動向に注目が集まる(写真はイメージ)

サウジ、米国、ロシアの思惑

   3カ国の事情を押さえておくと、サウジ(2019年12月の生産量975万バレル/日)はOPECの盟主であり、生産調整の主役として、実質的に世界の「安全弁」の役割を果たしてきた。米国(同1280万バレル)はかつて石油輸入国だったのが、シェール革命(採掘困難だった頁岩=シェール内のオイルを取り出す技術の飛躍的進歩)により、世界最大の産油国として復活し、今や輸出国だ。ロシア(同1150万バレル)は石油など資源依存の経済体質から脱却できない中でも、資源を外交戦略の手段としても駆使している。

   この3国が、石油の価格とシェアをにらみ、主導権争いを繰り広げているのだが、趨勢として長期的に途上国の経済成長による石油需要の増加が見込まれるものの、その時々の景気状況などで相場は低迷する局面もあり、このところサウジとロシアが減産で価格維持を図っているが、そのスキを突く形で米国がシェアを徐々に奪い、サウジ・ロシアは不満を募らせている。その米国も、生産が増え過ぎて価格が下がり、国内の採算ラインを割るとシェールオイル業界が立ちいないので、サウジなどの減産が壊れて増産競争になるのは困る――といった事情を抱えている。

   こうした力学を映す原油相場(ニューヨーク市場の先物)は、米シェールオイルの採算ラインとされる1バレル=40~50ドルを下限、減産の必要が薄れる70~80ドル程度を上限にするボックス圏の動きが続き、これが各産油国にも居心地のいい水準だったとされる。

   ここ数年の動きを振り返ると、サウジを中心とする石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非OPECの主要産油国の「OPECプラス」が2017年1月から協調減産を続けている。18年は世界の景気が好調で、むしろ供給不安もあって、6月に減産を緩和したが、価格が低迷したため12月に再び減産を強化し、19年は原油に関する限り、落ち着いた状況だった。

3月のOPECプラスではロシアが減産拒否

   ところが、年明けから新型コロナウイルスの感染拡大で需要が落ち込む見通しになってきたことから原油相場が下がり始めた。こんな時こそ協調ということで、3月5日のOPEC臨時総会で日量150万バレルの追加減産案で合意した。ところが、6日のOPECプラスは、ロシアが減産を拒否して決裂。するとサウジは一転、自国の生産を日量1230万バレルに200万バレル以上引き上げる方針を示し、石油相場は急落。NY先物は20日に、29年ぶりに一時、1バレル=20ドルを切り、年初の60ドル前後から3分の1に急落した。

   3月末で、それまでの協調減産の期限が切れる中、「仲裁者」として登場したのがトランプ米大統領だ。サウジとロシアが減産を拒めば輸入原油に追加関税をかけるとの脅しまでかけて、4月9日のOPECプラスのテレビ会議で、5月から、2018年10月を基準に、日量1000万バレル(サウジとロシアは各250万バレル)の協調減産が固まった。この時点で40万バレルの減産を求められたメキシコが10万バレルしか減産しないとゴネるハプニングはあったが、4月12日にメキシコの主張を認め、970万バレルの減産で最終合意した。サイジなどアラブ産油国はこの枠外で計200万バレルの追加削減を表明。米国やカナダ、ブラジル、インドネシア、ノルウェーも協力することも確認したという。米国の「協力」の中にはメキシコ分の実質的な肩代わりが含まれるとされる。

   ただ、米国の「協力」がどのような形で行われるかは不透明だ。米国は自由経済の旗頭として、OPECを「国際石油カルテル」、つまり談合して価格を吊り上げていると批判してきた歴史がある。そのOPECと公然と手を組んで価格維持に当たるのは、いわば禁じ手。実際に生産を規制するのは容易でないとされ、備蓄積み増しにより実質的に市場に出る石油を減らして減産と同じ効果を狙うという見方が出ている。

コロナショックに追い打ちをかける恐れも

   トランプ大統領を動かしたのは、国内石油産業の苦境への危機感だ。4月1日に米シェール開発の中堅企業が経営破綻するなど、原油価格下落はトランプ大統領の支持基盤のエネルギー産業に深刻な打撃になっていた。11月の大統領選をにらみ、なりふり構わず価格維持に走った。

   サウジ、ロシアは国家財政を石油に頼るだけに、原油安はストレートに響く。サウジの産油コストは1バレル2ドル程度とされるから、採算割れの心配は全くないが、現状の財政支出の水準を維持するために必要な原油価格は60~80ドルにも達するといわれる。同様に、ロシアも政府予算の前提になる価格は42ドルといい、突っ張っては見たものの、シェアの奪い合いを避けて協調減産で価格を引き上げたいのが本音。米国が協調の輪に加わったことで米国にシェアを奪われる懸念が後退したのは朗報だ。

   ただ、この歴史的な合意も、市場の反応は鈍く、原油価格は合意前後も、一時的な上昇はあっても、20ドル近辺に低迷。理由は言うまでもなく新型コロナウイルス。IEAの4月15日の発表では、3月の世界需要は前年同月比1080万バレル減り、4月のマイナス幅は2900万バレル、5月は2580万バレルに膨らむ。冒頭に述べた通り、保管スペースの問題から、とうとう4月20日、「マイナス」という史上初の珍事を引き起こした。

6月以降、徐々に持ち直すと予測しているが、足元で1000万バレル程度の減産では「需給を引き締めるのには力不足で、相場がにわかに反転する可能性は低い」(市場関係者)との見方が多い。

   産油国の財政が悪化していけば、巨額のオイルマネーを引き上げざるを得なくなり、「世界の金融市場が不安定化し、コロナショックに追い打ちをかける恐れもある」(エコノミスト)との声もある。