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Go To「今でないと間に合わない」 京都の旅館社長、「炎上覚悟」のツイートに込めた危機感

   「もう今でないと間に合わない」「観光業にとってはようやく見えた光」。新型コロナウイルス感染症拡大で落ち込んだ観光需要を喚起する政府の「Go To トラベルキャンペーン」に反対論が吹き荒れる中、京都の旅館がツイッターに投稿した苦境を訴える内容に反響が広がっている。

   J-CASTニュースの取材に、「『Go To』に期待している観光業界の声がほとんど表に出ないまま、『旅行することは悪だ』という認識一色になりかねないことに危機感を覚えていました」と話すのは、この旅館の代表。「最悪、炎上も覚悟した」といい、実際に批判も寄せられたが、応援の声も多かった。旅館は今どんな状況に置かれているのか、反対意見をどう考えているのか、話を聞いた。

  • 京都の旅館ツイートが反響(写真はイメージ)
    京都の旅館ツイートが反響(写真はイメージ)
  • 京都の旅館ツイートが反響(写真はイメージ)

「現場としての意見を発信しないといけないと思った」

   「旅館こうろ」(京都市)が次のようにツイートしたのは2020年7月15日。政府がGo Toキャンペーンを22日に開始すると発表するも、東京都を中心に新規感染者数が大きく増加しているだけに、ツイッターでは14日、「#GoToキャンペーンを中止してください」がトレンド入りした。中止や延期すべきとの声がインターネット上で殺到していた最中のことだった。

「Go to キャンペーン、反対の方がたくさんいらっしゃるのは存じていますが、賛成の方もまたいらっしゃいます。事実予約は入って来ています。何故いまなのか?と言う疑問もあるかと思いますが、もう今でないと間に合わないと言う境遇もまたあるのです。観光業にとってはようやく見えた光です」

   投稿は1万4000件のリツイートと3万5000件のいいねがつく反響。「旅館側からwelcomeの意志表示していただけるのは大変助かります」「こういったツイートは本当に嬉しいです!」という励ましの声から、「旅館側が何と言おうと今じゃないと思います」「一時的に経済が回復しますが、結果的に蔓延が加速します」といった批判まで400件超のリプライが寄せられている。

   「旅館こうろ」を運営する北原(京都市)の北原達馬・代表取締役社長は16日、J-CASTニュースの取材に、投稿の意図を明かす。

「Go Toキャンペーンの実施が発表されてから、報道や、ツイッターをはじめとしたネット上の論調を見ていて、ここまで反対されるのかとショックを受けていました。この流れで、Go Toに期待している観光業界の声がほとんど表に出ないまま、『旅行することは悪だ』という認識が拡大しかねないことに危機感を覚えました。立場や考え方は1つではないと伝えたかった。現場としての意見を発信しないといけないと思ったのです」(北原社長、以下同)

   「Go To」賛成を書き込むことについて「ある程度反響はあるだろうし、最悪、炎上するだろうと覚悟もしていました」という。その中で好意的に受け止める声も寄せられたことは「本当に励みになりました。もし否定的な意見が大半を占めていれば、精神的なダメージは相当なものになったと思います。この仕事をすること自体に自信を失うことになったと思います」とも。それでも発信した「危機感」の背景には当然、旅館を取り巻く現状がある。

「借り入れが膨らめば遠くない将来に厳しくなるでしょう」

   新型コロナが本格的に蔓延した3月、修学旅行などで入っていた「こうろ」の予約はすべてキャンセル。緊急事態宣言発令翌日の4月8日に休業を決め、県をまたいだ移動制限が解除された翌週末となる6月27日にようやく営業を再開させた。売り上げは3月が約7割減、4~6月はほぼゼロだ。

   再開後の7月も動きは鈍い。この時期の例年の稼働率は平均50~60%、土日やお盆はほとんど100%になるが、現在はせいぜい10%強程度しか入らない。平日は予約ゼロ件の日も珍しくない。取材したこの日も、数少ない予約の1件がキャンセルになったという。

   京都の7月といえば、毎年多くの人が「祇園祭」に詰めかけるが、今年は山鉾巡行など主要な催しが中止。8月は「こうろ」にも2校の修学旅行の予約が入っているが「こちらも今後の状況次第でどうなるか分かりません」。9月以降の売り上げも固まっていないという。

   北原社長によると、「こうろ」は休業中も毎月1500万円ほどの支出があった。雇用調整助成金などにより、正社員約15人、パートやアルバイトも含めて約35人の給与はどうにか支払うことができている。だが、経営すべてをカバーできる金額ではない。

「すでに借り入れはかなりの金額になっています。今後も売り上げが戻らなければ、さらに借り入れをする必要が出てきます。当館は仮に7~8月にお客様が来なくてもただちに倒産するほどの状態ではありませんが、本業が回復しない限り、借り入れが膨らめば遠くない将来に厳しくなるでしょう。融資もどれだけ受けられるか分かりません」

   そんな先行き不透明な中で期待を寄せたのがGo Toだった。

「この状況を打開できるとしたらGo To キャンペーンだと思いました。8月に始まるという情報が流れ、それまでどうにか持ちこたえられればというところでした。それが7月22日開始に前倒しされたのは、23~26日の4連休に合わせてくれたと思います。この発表にはかなり期待していました」

「延期すべき」「直接支援すべき」...反対意見をどう考える

   だがGo Toへの風当たりは強い。北原社長自身も「反対意見すべてを否定することはできません」と認めている。いくつかの観点からあがる反対論をどう考えているのか。

   まず「延期すべき」という意見について、北原社長は「業界はすでに待ったなしの状況」とする。帝国データバンクが17日に発表した「新型コロナウイルス関連倒産」のデータによると、全国353件の倒産のうち、業種別では「飲食店」(51件)に次いで「ホテル・旅館」(46件)が2位となっている。

「仮にあと1か月売上がなくて持つのかというと、そうではないところが全国的にあると思います。延期と言ってもいつまで延期すればいいのか、明確な答えは出せないでしょう。考え方によっては年単位で延期すべきということもなるでしょう」

   2つ目は「Go Toの予算を企業に直接配ればいい」という声。金額の規模や、関連企業への波及効果の観点からこう述べる。

「『直接支援すればよい』という声も確かに聞きます。しかしバラマキでどうにかなる段階ではありません。(Go Toキャンペーン予算の)1兆7000億円を単純に宿泊業者などにバラまくのと、旅行者に半額補助して1兆7000億円を投じるのとでは全く話が違います。もう半額は旅行者ご自身が支出するわけですし、観光業から波及する経済効果も当然大きいです。当館も小さな旅館ですが、60~70社ほどとお付き合いがあります。食材や布団、タオルなど、あらゆる物を取引先様から仕入れていますが、今はほぼ全ての取り引きが止まっています。Go Toは宿泊施設だけでなく、そうした関連企業すべてに関係しています」

   3つ目は「旅行したい人はGo Toがなくてもする」といった声だが、「Go Toには宿泊単価が上がることへの期待があります。これまでに失った分をどうにか取り戻さないといけません。希望だけで言えば、対前年比120%くらいにならないと取り戻せないのが実情です」と訴える。

経済を回すこととのバランスをどう取るか

   最大の懸念は当然、「感染拡大したらどうするのか」という点だが、「業界のガイドラインに沿って対応を徹底するしかない」と話す。全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会、日本旅館協会、全日本シティホテル連盟の業界3団体は5月、政府専門家会議の提言をもとに「宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドライン」を作成。施設内の各場所における感染対策、宿泊客や従業員の健康管理方法などをまとめている。

「ガイドラインは数か月前から出ていたので、基本的な対応は各施設できているでしょう。しかし確かに、Go Toに伴う人の移動で新たな感染者を1人も出さないということは、まずできないと思います。これまでの外出自粛などの努力が水の泡にならないかと心配する声もよく分かります。ただ、経済を回すこととのバランスをどう取るかだと思います。自粛期間が続く中で、限界近くまで落ち込んだのがこの業界です」

   16日の取材では、「東京とその隣県を外すなど、地域を限定してGo Toを実施する」という考えについて「東京はパイが大きいですが、反対意見が多数あるのでその方法は1つの折衷案だと思います」との認識を示していた。そしてこの取材後、政府は都への旅行と都居住者の旅行をGo Toの対象から除外すると決定したのは周知のとおり。

   17日にもう一度北原社長に話を聞くと、「変更は残念ではありますが、反対の声が大きかったのは重々承知していますので、仕方のないことだと思います。我々としては中止になることだけは避けたかった」との認識を示した。「こうろ」は京都近郊の予約が多く、変更を受けてキャンセルが増えたということはないが、「北関東などでは、知人の旅館業者の話によるとキャンセルが相次いだそうです」という。「東京除外といっても実務でどのように行うのか、グループに1人だけ東京の方がいたらどう扱うのかなど、いろんな問題が出てくると思います」と話していた。

(J-CASTニュース編集部 青木正典)