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Go To「朝令暮改」に振り回される宿泊業 「ようやく見えた光」への期待、裏切られ...「限界が近づいている」

   国の観光支援策「Go Toトラベル」は開始当初の迷走が尾を引き、夏の行楽シーズンにも関わらず、宿泊施設の混乱・低迷が続いている。旅行需要の掘り起こしには十分だったのか。開始から1カ月が経った観光地の現場で何が起こっているのか、取材した。

「本当に厳しいです。7月(22日から)の4連休以降の予約はほぼ全て『Go To』を使うお客さんですが、それでも例年の(同じ時期の)10分の1くらいしか入りません」
  • 東京・浅草の浅草寺。沿道の仲見世商店街の土産物店の店主は「夏休みの時期になっても観光客が増えない」と嘆いた(2020年8月)
    東京・浅草の浅草寺。沿道の仲見世商店街の土産物店の店主は「夏休みの時期になっても観光客が増えない」と嘆いた(2020年8月)
  • 東京・浅草の浅草寺。沿道の仲見世商店街の土産物店の店主は「夏休みの時期になっても観光客が増えない」と嘆いた(2020年8月)
  • 都道府県ごとのオンライン予約が可能な宿泊施設の価格動向(8月15日チェックイン分)。長野など東京からほど近い県や、鹿児島など遠隔地でチェックイン日が近づくにつれて高騰する傾向が見られた一方、京都などで苦戦傾向がうかがえる(atta提供)

都市部の観光地、客は敬遠? 「客は1日1組あるかないか」

   京都市の中心部で「旅館こうろ」を営む北原達馬社長はJ-CASTニュースの取材にそう打ち明ける。30室ある宿は月最大930件の予約を受けられるが、「Go To」キャンペーンが始まった2020年7月22日から1カ月の予約数はそのわずか7%の70件。特にお盆の後は連日宿泊客が「1組あるかないかという状態」(北原さん)だという。

   「Go To」の開始前、「新型コロナウイルスを観光地に拡散させるな」などと反対論が吹き荒れる中、北原さんが発したツイートは大きな反響があった。

「Go to キャンペーン、反対の方がたくさんいらっしゃるのは存じていますが、賛成の方もまたいらっしゃいます。事実予約は入って来ています。何故いまなのか?と言う疑問もあるかと思いますが、もう今でないと間に合わないと言う境遇もまたあるのです。観光業にとってはようやく見えた光です」
「旅館こうろ」の北原達馬社長が2020年7月に投稿したツイート(ツイッターから)
「旅館こうろ」の北原達馬社長が2020年7月に投稿したツイート(ツイッターから)

   実際、北原さんはキャンペーンに期待していた。新型コロナウイルスの感染拡大で4月以降は休業を余儀なくされたが、5月末に緊急事態宣言が解除され、その後都道府県をまたぐ移動の自粛が緩和された6月からは徐々に宿泊客が増え始めた。「Go To」で喚起される夏休みシーズンの行楽需要を受け止めるため、キャンペーンへの参加登録も済ませた。しかし、東京など大都市圏でのコロナ感染「第2波」で客足は伸びず、結果的に出鼻をくじかれた。

   北原さんによると、京都市内の宿泊施設はどこも同様に厳しい一方で、京都府北部の名勝・天橋立や日本海側の海水浴場、滋賀県内のキャンプ場などは賑わっているという。「旅行者は、『町中はコロナの感染が心配だけど、屋外・いなかは大丈夫だろう』という心理なのでは」と推測する。

   9月は修学旅行で京都を訪れる学校からの予約が一時集まったが、コロナ「第2波」で3分の2がキャンセルに。旅館こうろは赤字の状態が続くため、借金をしてしのいでいるが、桜の季節とともに1年で最も行楽客が多い秋の紅葉のシーズンまでこの状態が続くようであれば、再度借り入れが必要と見込む。

伸びぬ宿泊事業者の登録 「手続き煩雑」、東京除外は「フラットでない」

   そもそも、「Go Toトラベル」の割引が受けられるホテルや旅館がまだ半数しか登録されていない実情がある。

   8月25日現在で、登録した宿泊事業者は約1万7300事業者で、全国約3万5000事業者のほぼ半数(観光庁調べ)。全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)によると登録は大手のホテルや旅館が中心の一方、中小規模の旅館などの登録が伸びていないという。

京都市内(イメージ)
京都市内(イメージ)

   仙台市の秋保温泉にある旅館はキャンペーンへの参加をめざしていたが、最終的に見送った。理由の1つが、予約を利用者から直接受ける場合に必要な手続きの煩雑さだ。

   この旅館はリピーターが多く、主に旅館のウェブサイトやSNSのアカウントで直接予約を受けている。だが、「Go To」事業では直接予約の場合、割引額の不正受給を防ぐため、国の承認を得て宿泊記録を証明する「第三者機関」に宿泊施設が宿泊データを渡してチェックを受ける必要がある。割引額の申請は宿泊施設側が自力で行うか、第三者機関に依頼する必要がある。

「とにかく手続きが煩雑過ぎるのです。やり方を確認しようと、Go Toトラベル事務局や観光庁に電話しても全然つながらず、しかも必要書類が次々追加されて...。うちは東京からのお客さんも多いのに突然『東京除外』になりましたし、キャンセル料の取り扱いも二転三転。うちの旅館は従業員数が少なく、そんな朝令暮改にはとても対応できません。だから、お客さまにかえってご迷惑をかけてしまいかねないと判断しました」

   キャンペーンは政府が4月に打ち出し、8月中旬から開始するとされていた。それが7月になって突如前倒しが決まり、7月10日になって開始が7月22日からと発表された。参加する宿泊事業者や旅行業者の登録は開始前日の7月21日に始まるという混乱ぶりだった。

「Go Toトラベル」への不参加を決めた「宿屋 伊勢ピット」(店主の長田圭介さん提供)
「Go Toトラベル」への不参加を決めた「宿屋 伊勢ピット」(店主の長田圭介さん提供)

   同様にキャンペーン不参加を選んだ宿泊施設の中には他の理由もある。三重県伊勢市の「宿屋 伊勢ピット」は、「Go To」への参加業者に義務づけられている利用客への検温で37.5度以上あった場合の対応が難しいことを挙げた。そもそも旅館業法では、発熱など健康上の理由で宿泊を拒むことを禁じており、「Go To」の要件とは矛盾する。「高熱だからコロナとは限らないし、病院の紹介や保健所への届け出など、いなかでは対応が難しいのです」と店主の長田圭介さんは言う。

   また長田さんは、コロナ禍前は東京からの利用者の3分の1を占めていたにも関わらず、「東京除外」となったことに疑問を感じ、キャンペーンへの不参加を決めたという。

「キャンペーンでの割引の原資は東京都民の方が納めた税金も含まれています。私どもの宿にとっても一番お世話になっていた都民の方が除外された、『フラットではない状態』のキャンペーンに参加するのは、申し訳ないという思いから、よく考えた上で不参加を決めました」(長田さん)

割引額大きい高額な宿に人気集中か 苦戦する県は

   島根県出雲市の「ホテルながた」もキャンペーンへの参加を見送った。情報が伝わらなかったことや手続きの煩雑さに加え、そもそも利用者の需要が見込めなかったためだという。

「私どものホテルは1泊5500円からで、35%割引したとして3575円になります。どうせキャンペーンで旅行するなら、もっと割引額が多い宿に泊まりますよね」(担当者)

   事実、「Go To」で割引額が大きい宿泊施設に需要が集中する傾向があるようだ。

旅行検索サービス会社の「atta」が分析した、オンライン予約可能な全国の宿泊施設の価格動向(8月15日チェックイン分)。1泊5万円以上の宿泊プランの料金(黄線)はチェックイン日が近づくにつれて高騰する傾向が見られた(atta提供)
旅行検索サービス会社の「atta」が分析した、オンライン予約可能な全国の宿泊施設の価格動向(8月15日チェックイン分)。1泊5万円以上の宿泊プランの料金(黄線)はチェックイン日が近づくにつれて高騰する傾向が見られた(atta提供)

   旅行検索サービス会社の「atta」(東京都荒川区)は7月22日から8月23日までの1カ月間についてオンライン予約可能な全国3万2541宿泊施設を分析。1泊5万円以上の宿泊プランの料金はチェックイン日が近づくにつれて高騰する傾向が見られた一方、3万円未満の宿泊プランは料金を下げていた。高いプランほど需要が高い一方、安価なプランはチェックイン日が近づいても予約が埋まらず料金を下げざるを得ない傾向があるという。こうした傾向は「Go To」が始まる前は見られなかったという。

   また、関東から近い避暑地である長野県は8月に入ってから好調な一方、京都府や山口県、大分県、神奈川県、奈良県は苦戦している傾向が出た。全体的には「Go To」による宿泊需要は夏休み期間にもかかわらず、「Go To」開始前と比べて上がっていないという。

都道府県ごとのオンライン予約が可能な宿泊施設の価格動向(8月15日チェックイン分)。長野など東京からほど近い県や、鹿児島など遠隔地でチェックイン日が近づくにつれて高騰する傾向が見られた一方、京都などで苦戦傾向がうかがえる(atta提供)
都道府県ごとのオンライン予約が可能な宿泊施設の価格動向(8月15日チェックイン分)。長野など東京からほど近い県や、鹿児島など遠隔地でチェックイン日が近づくにつれて高騰する傾向が見られた一方、京都などで苦戦傾向がうかがえる(atta提供)

   今回、J-CASTニュースが取材した宿泊業者のほぼ全てが、コロナ禍で消失した観光需要を掘り起こす「Go To」の事業の趣旨に賛同している。ただ、その制度設計の「ずさんさ」や「官製特需」を享受できる事業者の偏りへの不満は根強い。特に存亡の危機に立たされている中小規模の宿泊業者の失望感は大きい。

   先出の京都の旅館経営者の北原さんは訴える。

「多くの宿泊事業者の『限界』が近づいていると感じます。旅行に行っても大丈夫という雰囲気をつくっていただきたいです。そして、東京都民の方も『Go To』の対象に戻すなど、当初の目的に沿った仕組みにしていただけると、状況が好転するのではないでしょうか」

   赤羽一嘉・国土交通相は2020年8月25日の記者会見で、「Go Toトラベル」の利用者が7月27日から8月20日にのべ420万人に上ったとの速報値を公表した。お盆期間中は新幹線や航空機を利用した遠距離の移動を伴う旅行より、マイカーなどを使った近場への旅行が中心だったと分析している。