J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

金正恩氏「韓国に謝罪」国民に知られたくない? 労働新聞・朝鮮中央テレビ「スルー」の事情

   漁業指導船から行方不明となっていた韓国の公務員を北朝鮮軍が射殺した問題で、北朝鮮側は「予想外の恥ずべきことが我々の海域で起きた」などと異例の謝罪を行った。

   一方で、国営朝鮮中央通信は、韓国側が北朝鮮側の水域に侵入して遺体を捜索しているとして「絶対に看過することができない」と非難する声明を出し、韓国側をけん制している。ただ、この声明は、現時点では北朝鮮国民の多くが読むとされる「労働新聞」には掲載されておらず、朝鮮中央テレビのニュースでも紹介されていない。声明では、殺害事件を「あってはならない忌まわしい事件」と表現しており、北朝鮮当局としては、自らの「負い目」について、国民に目立つ形での発信を避けたとみられる。

  • 北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長。韓国側に「申し訳ない」と直接的な表現で謝罪するのは異例だ(写真は労働新聞から)
    北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長。韓国側に「申し訳ない」と直接的な表現で謝罪するのは異例だ(写真は労働新聞から)
  • 北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長。韓国側に「申し訳ない」と直接的な表現で謝罪するのは異例だ(写真は労働新聞から)

「文在寅大統領と南の同胞を大きく失望させたことに対し、非常に申し訳なく思う」

   今回の事案は、韓国海洋水産部の漁業指導船に乗っていた指導員の男性が2020年9月21日に失踪し、北朝鮮側の海域を漂流しているところを北朝鮮軍に発見され、その数時間後に射殺されて遺体が燃やされた、というもの。韓国側は9月24日に事実関係を公表し、北朝鮮側を非難。責任者の処罰を求めた。

   北朝鮮側の反応は早かった。青瓦台(大統領府)の徐薫(ソ・フン)国家安保室長は9月25日の記者会見で、北朝鮮側が朝鮮労働党統一戦線部名義で

「10余発の銃弾で不法侵入者に向かって射撃し、この時の距離は40?50メートルであった」

などと殺害を認める通知文を送ってきたことを明らかにした。その中では、

「予想外の恥ずべきことが我々の海域で起きたことについて、南側に申し訳ない気持ちを伝える」
「わが指導部は、こうした遺憾な事件によって近ごろ積み上げてきた北南間の信頼と尊重の関係が崩れることのないように、より緊張して覚醒し、必要な安全対策を講じる」

などと謝罪の言葉が繰り返され、金正恩氏の

「われわれの海域で予想外の恥ずべきことが起き、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と南の同胞を大きく失望させたことに対し、非常に申し訳なく思う」

という言葉も含まれていた。

対外発信の朝鮮中央通信、国民が読む労働新聞

   だが、北朝鮮側は謝罪だけでは終わらなかった。9月27日には朝鮮中央通信が「南朝鮮当局に警告する」と題した記事を配信。韓国側が北朝鮮側の海域に侵入したとして非難する内容だ。

「われわれの海軍の西海艦隊の通報によると、南側ではこの9月25日から多くの艦艇、その他の船舶を捜索作戦と推定される行動に動員して、わが側の水域に侵入させており、このような南側の行動はわれわれの当然の警戒心を誘発し、また1つの忌まわしい事件を予告している。われわれは、南側が自分の領海でいかなる捜索作戦を行おうが意に介さない。
 しかし、わが側の領海への侵入は絶対に見過ごせず、これに対して厳重に警告する」

   朝鮮中央通信の記事は労働新聞に転載されることも多い。労働新聞のウェブサイトで確認できる限りでは、9月27日に3本、9月28日には「金徳訓内閣総理が黄海南道の農業部門の活動を視察」など6本の記事が朝鮮中央通信から掲載された。だが、この9本の中に韓国への「警告」の記事は含まれていない。朝鮮中央テレビでも、27日夜~28日夕方のニュースでは台風の被災地の復旧活動に関する話題が中心で、韓国への「警告」のニュースは取り上げられなかった。朝鮮中央通信は、主に対外発信用のメディアとして位置づけられているのに対して、労働新聞や朝鮮中央テレビは、北朝鮮国民が直接目にすることが知られている。

   朝鮮中央通信の「警告」記事では、韓国側を非難する前提として、事件について

「去る25日、われわれは現在の北と南の関係局面であってはならない忌まわしい事件が起きたことに対し、事件のてん末を調査して南側に通知した。そして、最高指導部の意図通りに、北と南の間の信頼と尊重の関係が傷つけられるようなことがいかなる場合にも絶対に再び発生しないよう必要な安全対策を講じた」

などと説明していた。直接的な謝罪表現は含まれていないものの、明らかに北朝鮮側の非を認める内容で、労働新聞に転載することで積極的に国民に知らせることは避けたとみられる。

(J-CASTニュース編集部 工藤博司)