J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

「中国をけん制」の思惑は外れたが... RCEP合意でこれから起きるコト

   日本と中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリア、ニュージーランドが参加する自由貿易圏「地域的な包括的経済連携(RCEP=アールセップ)」が合意に達した。

   各国内の手続きを経て、早期の発効を目指す。日本にとって最大の貿易相手国である中国、3番目の韓国が含まれる初めての経済連携協定(EPA)。中国にとっても初の大型自由貿易協定(FTA)になり、人口、国内総生産(GDP)ともに、世界全体の約3割を占める巨大経済圏が誕生する。米トランプ政権の「一国主義」により揺らいだ自由貿易体制立て直しの呼び水と期待される一方、中国の影響力拡大を懸念する声もあるRCEPはどういうもので、どんな可能性と課題を抱えているのか。

  • 経済産業省がRCEP署名を公表した(経産省サイトより)。
    経済産業省がRCEP署名を公表した(経産省サイトより)。
  • 経済産業省がRCEP署名を公表した(経産省サイトより)。

農業分野の開放には消極的

   コロナ禍の下、2020年11月15日にテレビ会議方式で行われた参加15カ国首脳会議で協定に署名した。13年に始まった交渉は難航し、延期を繰り返し、19年11月の首脳会合では、巨額の貿易赤字を抱えるインドが離脱を表明したが、今回、15カ国で合意にこぎつけた。インドについては、希望すればいつでも無条件で参加できるとした。政府は従来、「東アジア地域包括的経済連携」と呼んできたが、今回の合意に合わせ、英語名「Regional Comprehensive Economic Partnership」に則した表現に改めた。

   協定は、二国間の関税撤廃・削減に関する取り決めと、投資など計19分野(数え方により20分野との報道もある)の共通ルールからなる。

   まず関税については、参加国全体の撤廃率は品目ベースで91%。日本産の工業品全体の関税撤廃率は全品目ベースで約92%。中国は約8%から約86%へ、韓国が約19%から約92%へと大幅に引き上げる。ただ、米国を除く環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)や日欧州連合(EU)経済連携協定(EPA)がほぼ100%の撤廃率なのと比べ見劣りする。

   日本が輸入する農林水産品については、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖の「重要5品目」を関税撤廃・削減の対象から除外。それ以外の日本への農産品の関税撤廃率はTPP11の約82%よりかなり低い49~61%に抑えた。日本以外の多くの参加国も、農業分野の開放には消極的だった。一方、日本が輸出に力を入れる日本酒は中国が40%、韓国が15%の関税を課しているが、将来的に撤廃する。

「TPP未満、WTO以上」の評価も

   日本の具体的メリットは、中国向け輸出でみると、例えばトラクター(6%)、エンジン関連部品の一部(3%)などの関税が直ちに撤廃される。ただ、電気自動車(EV)向けのモーターなど(10、12%)の撤廃は16年目または21年目など、撤廃までの期間が長いものも目立つ。

   共通ルールは、企業の自由な活動を保護し政府が過度に介入することを阻止するのが目的だ。例えば、中国を念頭に、進出した企業に原材料の現地調達や技術移転を求めることを各国に禁止する規定を設けた。経済産業省によると、中国が結ぶEPAでこの規定が入るのは初めてという。

   世界貿易機関(WTO)における水準に比べると、例えば商標登録の出願が悪意で行われたものである場合、出願を拒絶したり、登録を取り消したりできると規定しているが、これはWTO規定を上回り、TPPにもない規定だ。

   WTOには十分なルールがない電子商取引については、独立した章として規定を設け、例えばサーバーの設置要求を禁止したが、ソフトウェアの設計図である「ソースコード」の開示要求を禁止せず、機密情報を奪われる懸念が残る。また、TPPで規定している国有企業、環境、労働、規制の整合性といった章はRCEPにはないなど、TPPを下回る内容も多い。みずほ総合研究所のリポート(11月30日)は関税撤廃・削減を含め、全体評価として、「TPP未満、WTO以上」と表現しているが、そうした評価が一般的なところだ。

存在感が高まる中国

   RCEPは通商問題であるとともに、政治的な意味が常に注目されてきた。TPPは、自由化や透明性などで高い水準で合意し、中国に圧力をかける狙いがあったが、トランプ政権が「一国主義」の観点から離脱、日本は他の参加国だけでTPP11を何とか発足させ、中国への牽制カードとしてキープした。同時進行で交渉が進んだRCEPは、どこまで高水準で合意できるかが中国への圧力の一つのバロメーターであるとともに、中国のライバルと言えるインドを入れることで、豪、NZなどを含む「自由主義陣営」の発言力を高め、中国を牽(けん)制するというのが日本の狙いだった。

   RCEPの自由化のレベルがTPPを下回ること、インドが参加を見送ったことは、日本の目算が外れた形。それでも、「トランプ政権の一国主義、対中強硬路線を受け、中国が米国への対抗上、RCEPに前向きに転じ、ASEAN諸国が積極的なこともあり、日本も『自由貿易』の旗を振ってきた立場から妥結に動いた」(大手紙経済部デスク)との見方が一般的だ。もちろん、実利を得られることは日本にとって大きな魅力だ。

   いずれにせよ、RCEP15カ国のなかで中国の存在感が高まるのは確実で、習近平主席はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議(11月20日)で「TPP参加を積極的に検討する」と述べてもいる。これは簡単ではないが、米国がバイデン政権に交代しても、容易にTPPに復帰することはないというのが常識で、インドもRCEPに参加できる国内事情にはない。そうした米印との関係をどう再構築しながら中国に対峙していくか、日本の通商外交は安全保障もにらみながら、難しいかじ取りが続く。