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岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち
「さようなら、大統領」最後の演説への支持者の思い

   「あなたたちの大統領を務めたことは、言葉では言い尽くせないほどの名誉です。この特権をありがとう」。夕日に光り輝く米連邦議会議事堂を前に、1人の男性が携帯電話を手に一心に耳を傾けていたのは、トランプ大統領の「国民への別れのメッセージ」だった。

   トランプ氏が大統領の任期を終える前日(2021年1月19日)、支持者たちは何を思っていたのか。

   この連載の前回、前々回では、大統領就任式に向けて厳戒態勢が敷かれるワシントンから、民主党支持者が圧倒的に多い地元の人たちの声、そして最後まで「反トランプ」デモを続ける左派アンティファなどの声を紹介した。今回は、トランプ大統領が任期を終えるにあたり、支持者たちの思いを伝える。

  • バイデン大統領就任式を前にワシントンを警備するシークレットサービスたち(2021年1月、筆者撮影)
    バイデン大統領就任式を前にワシントンを警備するシークレットサービスたち(2021年1月、筆者撮影)
  • バイデン大統領就任式を前にワシントンを警備するシークレットサービスたち(2021年1月、筆者撮影)

米国時間1月20日正午に退任

   1月6日の米連邦議会議事堂乱入事件後、ワシントンでは議事堂周辺を中心に厳戒態勢が強化され、日に日に立ち入り禁止の区域が広がっていった。今、議会議事堂が見える場所は、ごく一部に限られている。

   トランプ氏は、ジョー・バイデン大統領就任式が執り行われる2021年1月20日の正午(米国時間)をもって、大統領の座から退くことになる。

   男女4人のクリスチャンが、議事堂を背に声をあげている。

   その中の1人フィリピン系アメリカ人女性ルースが、「私たちはブラック・ライブズ・マター(BLM)の人たちのために、そしてバイデン大統領のために祈ります」

   するとそこへ、聞いていた女性が飛び入りし、「バイデンは『アメリカ人の魂を取り戻す(restore the soul of America)』と発言したけれど、そうではなくて、バイデンは『魂を破壊する』のよ」と言い放った。

   ルースが「私たちは今、バイデン氏と闘っているのではないの」と女性をたしなめる。

   今度は、アフリカ系アメリカ人女性のタンドラが訴える。

「今、アメリカは危機に面しています。共和党と民主党は互いに相手を非難し、争っています。どっち側につくかではなく、アメリカ人として1つにならなければ。
皮膚の色が何であろうと関係ない。私たちは皆、アメリカ人です。皮膚の色の違いではなく、アメリカのよさに目を向けましょう。分断している家は、立っていることができません」

議事堂前でわき起こった大統領への拍手

   この男女が去り、4時を過ぎると、議事堂の西側が夕日で輝き始めた。しばらくすると、トランプ大統領の声が聞こえてきた。議事堂を前に立っていた男性の携帯電話から流れていた。男性が一心に耳を傾けていたので、近づいて一緒に画面を見せてもらった。彼の名はイオアン。ルーマニア系アメリカ人だった。

   彼が聞いていたのは、公開されたばかりのトランプ大統領の動画「国民への別れのメッセージ」だった。

   自転車でやってきた30代くらいの男性にも、それが聞こえたのだろう。彼は私たちに近づき、しばらくメッセージに耳を傾けた。そして自転車を降り、議事堂に向かって手をかざし、「民主主義を守ってくれて、ありがとう!」と叫んだ。

   すると、周りから拍手がわき起こった。その場にこんなにトランプ支持者がいたのか、と驚いた。

   ワシントンでは、今回の大統領選でトランプ氏に投票した人はわずか5%だが、1月6日の集会と議事堂への行進の後、そのままこの街に残った人や、就任式前に来たという人たちがいた。

   あとで報道を見てみると、「ABC」をはじめ主要メディアはトランプ大統領のこのメッセージの一部を放送し、次のように酷評した。

「メッセージの中で、トランプ氏は「ジョー・バイデン」の名前を一度も口にしなかった」
「議事堂乱入を煽った張本人が、『喜びに満ちた心で去っていく』とは何事か」
「『新たな戦争を起こさなかった』と言うけれど、州兵を2万人も投入した厳戒態勢下の今のワシントンは、まさに戦場ではないか」

「私たちの運動はまだ始まったばかり」

   まもなく、トランプ大統領がホワイトハウスを去っていく。今の思いをイオアンに尋ねると、穏やかな表情で話し出した。

「私は今、平安な思いです。トランプ氏はこの国の大統領ですから、当選した時から、私は彼のためにずっと祈り続けてきました。ただ、その人に愛を感じなければ、祈ることはできません。最初は彼の人柄を受け入れるのは、容易なことではなかったけれど、大統領としての彼の業績を評価するようになりました。
今聞いたトランプのメッセージは、私たちに喜びと希望を与えてくれるものでした。これからもこの国がいい方向へ向かうように、祈り続けます。もしそうでなければ、その時、また国民が新たな決断をするでしょう。でも、選挙が公正に行われたことを知る権利が、アメリカ人にはあります。それが明らかになるまでは、私はバイデンを大統領と呼ぶことはできません」

   トランプ大統領はメッセージの中で、「私たちの運動はまだ始まったばかりだということを、知っていてほしい」「私たちの国と子供たちにとって、最高のものはこれからやってくる」と語っている。

   この言葉を「希望」とみなす人もいれば、4年後の大統領選再出馬を匂わせているのかと「不安」とともに受け止める人もいる。

   2017年1月のトランプ大統領就任とともに始まったこの連載は、次回(1月21日公開)をもって最終回となる。

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。