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「実況ひとつでどんなゲームも感動にまで持っていける」 話題沸騰の元テレ東アナが語る、「ゲーム実況」の醍醐味

   「本職」の経験を活かし、仕事でも趣味でもゲーム実況というカルチャーを盛り上げているのが、フリーアナウンサーの田口尚平さん(30)だ。

   最近は「ウマ娘 プリティダービー」のフリーダムな実況動画や、イベント「リングフィットRTA」での"パワーワード"だらけの実況で注目を集めた。田口さんに実況の極意や醍醐味を聞いた。

   (聞き手・構成 J-CASTニュース編集部 大宮 高史)

  • 名実況でゲームを盛り上げる田口尚平さん
    名実況でゲームを盛り上げる田口尚平さん
  • 名実況でゲームを盛り上げる田口尚平さん
  • eスポーツ大会の実況でも活躍(2020年10月開催「EDION VALORANT CUP」にて)

「本家」に実況があるのになぜ?

   田口さんは2015年にテレビ東京にアナウンサーとして入社し、スポーツやイベントでの実況業務などに携わった。2020年3月31日付けで退社し、以降はフリーアナウンサーとして活動中だ。

   現在はeスポーツイベントなどでのオフィシャルな実況だけでなく、自身のYouTubeチャンネルでのユニークなゲーム実況で知名度を上げている。例えばゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」でゲーム内のレース動画に独自に実況を付けた動画が人気を得ている。「私(わたくし)の愛馬」「全国のお兄様お姉様」といったパワーワードや情感にあふれた実況がプレイヤーからも好評だ。

   ――「ウマ娘」実況がゲームプレイヤーにも好評ですが、そもそもゲーム内のレースに既に実況がついています。「本家」の実況とはどんな違いを出そうとしましたか?

僕自身、ゲーム実況が中学時代から好きでした。私の動画ではガチ実況と呼んでいるのですが、本職としてのスキルを活かしてゲーム実況をやってみたら面白いのではないかと。やはり実況アナウンサーにしか出せない熱量を出せるだろうと思って、まずアニメ第1期の動画に実況をつけてみるところから始めました。
ゲームの実況も素晴らしいのですが、生のガチ実況にしか出せない熱量があると思っていて、特にその場その場でのパワーワードを生み出せるのがガチ実況のポイントです。

   ――局アナ時代もスポーツ、その中で競馬の実況も担当されていたそうですが、ゲーム実況とはどんなところに違いが?

競馬・サッカー・野球・柔道などで局アナとして実況を担当していた時は、正確無比であることを何よりも優先していました。メインは競技であってその経過・結果を伝えるのが第一の仕事で、ひいきをするなどはできません。
しかしゲーム実況の場合は中立的な立場を離れてある程度色をつけることもできます。例えばウマ娘のガチ実況ならば主役はもちろんウマ娘なんですが、それに華を添えるというか、表現一つでウマ娘の魅力を伝えられるのが魅力だと思いますね。思い切りえこひいきして「可愛い!」と伝えることもできています。

ライスシャワーに「可愛い」を連呼するだけ

   ――その「えこひいき実況」として、中立的な目線を捨てて思い切り特定のキャラクターをひいきした動画も制作されています(笑)。例えばライスシャワーなど。

僕にとってはもうライスシャワーがめちゃめちゃ可愛くて...(笑)局アナの時にはできなかったことをやってみようと思っていて、今はフリーランスの身ですから、誰もやったことがないであろう全力でえこひいきした実況を始めてみたらどうなるのかなという気持ちでしたが、ユーザーに面白がってもらえました。

   ――それ以降、プレイヤーからレース動画を公募し、ガチ実況をつけてみるという動画も投稿しています。

僕自身もウマ娘のトレーナー(「ウマ娘」におけるプレイヤーの通称)の一人ですから、自分が育てたウマ娘が日の目を浴びる場所があったら嬉しいだろうなと考えて動画を募集してみたんですね。そうしたら300件以上という多くの応募がありました。「うちの子可愛いから見てくれ!」という欲求はどのトレーナーにもあるんだなと実感しましたし、レース前にウマ娘がパドックに出てくると、トレーナーの育成ポイントの違いがわかります。その点も「筋肉がいいですね」「足の形が美しいですね」というように、違いを視聴者に伝えられようなワードを選んでいます。

   「ジェミニ杯」などのレースでは、複数のトレーナーがレースに参加し、育てたウマ娘が対決する。トレーナーが手塩にかけて育てたウマ娘が輝ける場所を提供したい、との気持ちで公募動画にガチ実況を付けているそうだ。

リングフィットRTAを実況で盛り上げる

   8月11日から15日にかけて、どれだけ早くゲームをクリアできるか(RTA)を競うオンラインイベント「RTA in Japan Summer 2021」が開かれた。最終日にはフィットネスゲーム「リングフィットアドベンチャー」のRTAが開催され、田口さんがボランティアで配信の実況を担当した。本来は個人でプレイするゲームだが、競技者の鍛え上げた肉体の様子も交えた実況でSNSは盛り上がった。個人ゲームの実況をフィジカルスポーツ同様の文化として楽しむ土壌ができつつある。

   ――リングフィットRTAの実況はどうでしたか?

仕事でeスポーツの実況を担当する時もあるのですが、その時とも違う経験でした。「全力で遊んでやろう」という意気込みで、遊びを本気でやってみました。プレイヤー・アナウンサー・解説者がリモートで臨んでいるので、どうしても間が取りづらくなる時があります。そのようなタイムラグがないように、視聴者の頭に残りそうなパワーワードをあらかじめ用意して臨んでいました。おかげ様で同時接続18万人を記録したそうです。

   ――SNSでも関連ワードがかなり上位にランクインしたようですね。

ユーザーも巻き込んでみようと事前に応援コメントを募集し実況の中で使ってみました。「(競技者の腕が太すぎて)ワクチンの針が刺さらない」「腹筋6LDKかい!」のようなパワーワードを使うことができました。

   ――なぜここまで注目される配信になったのでしょう?

あまり結びつかなそうな「ゲーム」と「筋肉」の融合が面白くみられたのかな、と。リングフィット自体は筋肉を育てるゲームなのですが、トップクラスのプレイヤーになると攻略のために筋トレをするという、いわば逆転現象が起きていました。もちろん誰でもできるゲームですが、バリバリに鍛えたマッチョがトップを競う様子や、どういう記録が生まれるんだろうかといったところが興味を引いたのかなと思います。
今までは海外のマッチョなプレイヤーが先行していましたが、日本人のゲームファンにも注目してもらえたのではないでしょうか。リングフイットオンリーのRTA大会もできるかもしれませんね。

選手のバックグラウンドを伝えるのも実況アナの見せ所

   田口さんの筋金入りのゲーム愛は中学時代にまでさかのぼる。当時はニコニコ動画で一般のプレイヤーがプレイする様子を流すゲーム実況がジャンルとして定着しつつあった。

   ――いわば、ゲーム実況という文化の黎明期からずっとファンだったようですね。

中学時代から実況動画を見ていて、自分でもやりたいなと思いながら結局社会人になってしまいました。でも局アナになって本職の実況スキルを積むことができましたし、今はそれに加えてゲームへの愛情を隠さずに様々なイベントに携わっています。

   ――初期のゲーム実況文化とはどんなものだったのでしょう。

ゲーム実況のはしりとなったのは「よゐこ」の有野晋哉さんが「有野課長」に扮してひたすらゲームをプレイする番組「ゲームセンターCX」(フジテレビONE)ではないかと思います。有野課長のプレイ風景が視聴者にウケていました。
ゲーム実況って、見る側が共感できるのがよいところですね。素人がプレイ風景を流すだけでも、他のプレイヤーも自分と同じところで苦労しているんだってわかりますし、クリアできて歓喜の瞬間には「こいつも俺と同じじゃん」って感情移入できます。

   ――局アナ時代からゲーム実況も経験してきたのでしょうか。

eスポーツ、例えば大乱闘スマッシュブラザーズ(スマブラ)、APEX LEGENDSなどの対戦リーグやトーナメントの実況をやってきました。テレビ東京時代にアナウンス部とビジネス開発部を兼任していて、ビジネス開発の部門ではゲーム開発に加えてイベント運営を担当していました。
それら、プロゲーマーが集うeスポーツの大会ではプレイヤーそれぞれにストーリーがあります。実はゲームが弱かった、学校でいじめられていた...のようなバックグラウンドがあるけれど、ゲームの日本代表にまでなった、というようなストーリーを伝えることもeスポーツ実況の要素です。
一方で、リングフィットRTAやウマ娘の実況は、初見のユーザーが何の知識もなくてもゲラゲラ笑えるようなものを目指していますね。

   ――ゲームファン、そして本職のアナウンサーとしての実況スキルの自信のほどは?

まずはゲーム愛です。僕以外にもゲーム実況に進出しているプロのアナウンサーはいますが、少なくともテレビ東京では僕が一番ゲーム好きなアナだ、という自信を持ってやってきました。そして番組でどういう言葉選びをすればより人が集まるか、というディレクションの経験もあります。テレビのアナウンサーはただ実況をするだけでなく、ディレクターたちと打ち合わせで一緒に番組を作ることも仕事です。イベントをいかに盛り上げるか、視聴者を集められるか、という視点をフリーになった今も活かせていると思います。

ゲームにはプレイヤーの「偏愛」「狂気」がこもっている

   2020年3月にテレビ東京を退社した田口さんはフリーアナウンサーとしての仕事やアニメビジネスに携わる他に、早稲田大学ビジネススクールで経営学修士(MBA)の取得を目指して学んでいる。MBAと実況の意外な接点も見つかったという。

   ――MBA取得を目指した動機はなんでしょうか?

僕が好きなゲームやアニメのカルチャーをもっと世界に広げたい、そのためにビジネス面から橋渡しをする土台にできればと考えてのことでした。面白いことにマーケティングで学んだ「いかに顧客の気を引くか」の論理が実況にも活かせるんですよ。視聴者がどんなことを聴きたがっていてどういう言葉選びをすれば受けるのか、選んだ言葉と反応をグラフ化することもできるんだと知りました。

   ――動画サービスの普及とともに成長してきたゲーム実況ですが、田口さんのように「本職」の方も加わってカルチャーとしてさらに大きくなる可能性があるのですね。

すべてのゲームは面白く見せることができます。ゲームプレイの体験自体ももちろん面白いのですが、ウマ娘にしろリングフィットにしろ、プレイする人の「偏愛」「狂気」のようなものがプレイ風景や結果に凝縮されていると思っていて。
「なぜそれ程までに極めようとするのか」「なぜそんな遊び方を」という視聴者側の突っ込みポイントに応えつつ、プレイヤーが込めた情熱を理解して感動に昇華させられるのが実況者の冥利だと思います。大言壮語かもしれませんが「実況ひとつでどんなゲームも感動にまで持っていける」と思っているので、どんな実況にも挑戦してみたいですね。