J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

英国ではハムレット、イスラエルは対空ミサイル... ゼレンスキー演説はなぜ日本人の心をつかんだのか

   ウクライナのゼレンスキー大統領が2022年3月23日夕にオンラインで行った国会演説は、おおむね好意的に受け止められた。演説は国外のメディアでも報じられ、日本の世論を意識したエピソードの選び方が奏功したとの見方が相次いだ。

   ゼレンスキー氏は欧米各国の議会でオンライン演説を行っており、各地の聴衆を意識した内容を盛り込んできた。日本でもこの手法を踏襲した。

  • ウクライナのゼレンスキー大統領行った演説は、日本国内では好意的に受け止められた(写真はウクライナ大統領府の動画から)
    ウクライナのゼレンスキー大統領行った演説は、日本国内では好意的に受け止められた(写真はウクライナ大統領府の動画から)
  • ウクライナのゼレンスキー大統領行った演説は、日本国内では好意的に受け止められた(写真はウクライナ大統領府の動画から)

英国ではチャーチル元首相、米国ではキング牧師の一節を...

   ロシアによる侵攻から13日目にあたる3月8日に英議会で行った演説では、英国の劇作家シェークスピアの戯曲「ハムレット」の一節を引き合いに

「『生きるべきか、死ぬべきか』。この問いを、よくご存じだろう。13日前から、ウクライナに対してこの問いは提起されてきた。だが、今は違う。明らかに『生きるべき』『自由であるべき』なのだ」

などと訴えた。「どんな犠牲を払おうとも、海でも空でも戦い続け、領土を守る」とも。チャーチル元首相が1940年に「海岸でも陸地でも戦い続ける」「我々は決して降伏しない」と訴えた演説を念頭に置いているとみられる。その上で、ロシアへの制裁強化とウクライナ上空の飛行禁止区域の設定を求めた。

   3月16日に米議会で行った演説では、異なったアプローチで飛行禁止区域の設定を訴えた。1941年の真珠湾攻撃と2001年の同時多発テロを挙げ「我が国はこれを毎日、毎晩、今に至るまで3週間経験している」。キング牧師の言葉「私には夢がある」にも言及し、「私には必要なものがある。空を守る必要性だ。あなた方の決断が必要だ」などと話した。

   3月20日にイスラエルの国会で行った演説ではミサイル防衛技術の高さに言及し、技術供与が「ウクライナ系ユダヤ人」を守ることにつながることを訴えた。

「皆さんは国益、国民の利益を守る方法を知っている。そして、私たちの命、ウクライナ人の命、ウクライナ系ユダヤ人の命を守るために、間違いなく力を貸してくれるはずだ」

日本では「原発」「復興」「サリン」

   一方、ゼレンスキー氏は日本向けの演説では、具体的な軍事的支援を求めることはなく、

「日本はアジアで初めて、平和を取り戻すためにロシアに圧力をかけた」

などと日本を称賛。ロシアへの禁輸措置や日本企業のロシアからの撤退など、ロシアへの経済制裁の強化を求めた。さらに、既存の安全保障体制が機能していないとして「新たなツールを作る必要がある」と指摘。「その発展には日本のリーダーシップが不可欠」とも述べた。

   日本人の共通体験に念頭に置いたとみられるエピソードも多く盛り込まれた。ロシア側がチェルノブイリ原子力発電所を占拠していることの危険性に触れる中で、

「すでにウクライナの再建について考え始めることが必要だ」
「人々は、自分たちが住んでいた場所、育った場所に戻る必要がある。あなた方にも、この気持ちは理解してもらえると思う」
などと発言。自国の状況と、日本国内の原発事故による避難生活と復興をリンクさせる狙いがあったとみられる。ロシア側の動きについて
「私たちは、シリアで行われたように、特にサリンを使用した化学物質攻撃の可能性について警告されている」

とも述べている。化学兵器を使用した世界初の無差別テロ事件として知られる、1995年の地下鉄サリン事件を念頭に置いている可能性もある。

   日本でのゼレンスキー演説を伝えた国外メディアも、こういった点に着目している。米ニューヨーク・タイムズは

「ゼレンスキー氏は福島とカルト教団の化学兵器による攻撃の記憶を呼び起こした」

という見出しで演説を伝えた。

   カナダの公共放送CBCは東京特派員による中継で、原発事故や地下鉄サリンといった「非常に感情に訴え、歴史的な出来事」を交えることで「きわめて日本の状況に合わせた」演説だったと指摘した。

   英BBCは、米スティムソン・センター東アジア共同部長の辰巳由紀氏がリモート出演し、国内では総じて好意的に受け止められたことを指摘し、

「言葉の選択は非常に慎重かつ賢明で、その語り口は日本人の心情に非常にマッチしていたと思う」
「日本に感謝しつつ、さらなる支援を求めた。直接的なウクライナへの軍事的支援は日本にとっては困難だという点には理解を示していた」

などと解説した。

(J-CASTニュース編集部 工藤博司)