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「鬼滅の刃」能との相性もぴったり?鬼と人が交わる舞台、マンガ舞台化の例も 意外と近い関係を読み解く

   吾峠呼世晴さんの人気マンガ「鬼滅の刃」が今年2022年、能楽の舞台になる。「能 狂言『鬼滅の刃』」のタイトルで7月26~31日に東京・観世能楽堂GINZA SIX、12月9日~11日に大阪・大槻能楽堂で上演される。

   伝統芸能の能楽がマンガを舞台化する異色の組み合わせだが、「鬼滅の刃」と能の相性の良さやみどころは少なくない。

  • 「能 狂言『鬼滅の刃』」キービジュアル(©吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI)
    「能 狂言『鬼滅の刃』」キービジュアル(©吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI)
  • 「能 狂言『鬼滅の刃』」キービジュアル(©吾峠呼世晴/集英社・OFFICE OHTSUKI)

能楽界の至宝・若手が集結

   「能 狂言『鬼滅の刃』」は能楽師の野村萬斎さんが演出を担い、自らも鬼舞辻無惨・竈門炭十郎・カラスの天王寺松右衛門の3役で出演する。その他の配役はシテ方観世流より大槻裕一さんが竈門炭治郎・竈門禰豆子の2役を演じ、大槻文蔵さんが下弦の鬼の累を演じる。ワキ方では福王流の福王和幸さんと福王知登さんが冨岡義勇を交互出演で演じる。他に我妻善逸役で野村裕基さん、嘴平伊之助と鋼鐵塚蛍の2役で野村太一郎さんが出演する。

   演者は能楽界のベテランと若手が集結した。累役の大槻文蔵さんは芸歴70年を超える人間国宝、炭治郎・禰豆子の大槻裕一さんは文蔵さんの弟子でまだ24歳、野村裕基さんと太一郎さんも20代から30代の若手能楽師として注目の存在だ。

   野村萬斎さんは4月5日の制作発表会で「能狂言の中に全てをはめ込むのではなくて、我々の方も鬼滅の刃の世界に入っていかないと、こういう新作をやる時にチャレンジもしないと我々としてもアップデートしていく部分も確保できない気がしますので、普段の能狂言とは違うところを考えつかなきゃいけない。水の呼吸にもいろいろな型が出てきますがあれをどうやって表現するのか...私も悩ましいところですね」と意気込みや演出のポイントなどを語っている。

   「野村萬斎さんの演出は、誰が見てもわかりやすく共感しすい趣向・工夫が施されています。きっと、『鬼滅の刃』ファンを含む老若男女がうなずき、膝を打つような、絶妙な演出を施してくれることでしょう」と話す演劇・舞踊ライターの高橋彩子さんは、この舞台がどんなものになるか期待を込めてこう予想する。

「演者としての萬斎さんのカッコよさやコミカルさを含む魅力は、狂言はもちろん、映像や現代劇でもよく知られるところでしょう。例えば能『翁』で萬斎さんが得意とする三番叟は、躍動感・高揚感いっぱいで凄まじい迫力があります。炭治郎の宿敵・鬼舞辻無惨役をどう演じるのか楽しみです。炭治郎の大槻裕一さんはじめ、野村裕基さん、野村太一郎さんといった若い能楽師の活躍にも期待大です。人間国宝の大槻文藏さんの存在は、この舞台の要となることと思います。
   さらに注目したいのが、能の五番立てを踏襲して、5つの能にわけ、その合間に狂言を上演するという上演形態です。昔は1日がかりで、『神』『男』『女』『狂』『鬼』の順に5つの能を上演し、間に狂言を上演するのが正式な能の上演でした。長い原作を、能の伝統的な上演形式になぞらえて5つの能と1つの狂言として表現する趣向に心が踊ります。ただの四角い舞台なのに変幻自在な物語の世界が出現し、たとえ目の前にいるのは高齢の男性でも(女性の能楽師もいますが)絶世の美女や妖しい生き物や若武者が確かにいるといった、能狂言のマジックを、ぜひ存分に味わっていただきたいです」

能舞台の鬼は「鬼滅」に似ている

   マンガと伝統芸能という組み合わせは意外に映るが、能楽とマンガ、そして鬼滅の刃との相性は悪くない。能楽は現在も新作舞台が作られ、題材は幅広い。野上記念法政大学能楽研究所所長の山中玲子教授は、能の表現の広さをこう話す。

「幽霊・鬼・死者などが舞台に現れる『夢幻能』という様式の作品が能には多く、歴史上の出来事から現代の出来事まで何でも表現できます。夢幻能に多いのは死者や鬼が登場し語るという展開です。そして明治以降も新作能がいくつも作られてきました。脳死・原爆・水俣病など現代のテーマを扱ったものもあれば、歴史上の人物を新しい解釈で描いたものもあります。バレエの『ジゼル』を翻案したものもありますね」

   鬼滅の刃には元は人間だった鬼が登場し、鬼殺隊の敵となるが、「鬼」もまた能舞台には欠かせない。

「能に登場する鬼には、人間だったけれど鬼になってしまった、地獄に落ちてしまった鬼が多いんです。それから、有名な般若の面を着ける『葵上』や『道成寺』の主人公たちも、女性が嫉妬や怨念や悲しみで鬼になったものですよね。観客としてもつい鬼に共感してしまいたくなる、そんな人間としての心の悲哀を能の中の鬼は持っています。能における鬼や幽霊は、人間に仇をなす存在ではなくて生者と心を通わせる存在でもあるので、鬼滅との相性はいいのかもしれません」(山中さん)

   マンガの能楽での舞台化には前例もある。長寿マンガ「ガラスの仮面」の劇中劇「紅天女」を原作にした能舞台「紅天女」が2006年に初演の後、07年、14年、15年と再演を繰り返してきた。少数の演者による謡曲と囃子のみで進む舞台ゆえに、観客が想像する余地が広がり何でも表現できてしまうのが能楽だ。

「能狂言は非常にシンプルな芸能です。能舞台において演じ手が立つのは、歌舞伎の花道のもとになったとも言われる『橋掛かり』と、三間四方(6m四方)の本舞台。この極めて限られた空間の中で、美術や道具も大掛かりなものはほぼないまま、様々な時間、場所、物語がダイナミックに展開します。つまり能狂言では、何かを具体的に再現するのではなく抽象的な表現がなされるのです。それは、能狂言ではどのようなものも描けるということを意味します。特殊効果なしで、どんな存在も状況も、時空を超えて易易と表現してしまうのです」(高橋彩子さん)

   もとは少年だった累を79歳の大槻文蔵さんが演じるように、女性・子ども・幽霊まで役者は変幻自在に演じてしまう。「能楽師達の身体の動きや存在感には、日常的な私達の身体とは比べ物にならない密度と強さがあります。実年齢は年老いているのに驚くほど若々しく見えたり、男性であるのに女性に見えたり、人間なのに人外の生き物に見えたりするのは、鍛錬を重ねた彼らの力あってこそです」と話す高橋さんは、役者たちのこうした演技はもちろん、地謡や囃子方にも注目してほしいと話す。

「地謡と呼ばれるコーラスは地の文に当たる箇所や、シテやワキらと連携して人物の思いや言葉などを謡います。劇的に、華やかに、あるいは陰鬱に、物語世界を包み込む存在です。地謡のリーダーの地頭は、その舞台の出来を左右するほど重要な存在です。
また能の楽器は、カーンと乾いた力強い音を響かせる太鼓、潤いある優雅な音が特徴的な小鼓、情景や心象風景などを表す能管(笛)、曲を盛り上げたり超人的な存在を描いたりする際などに効果を発揮する太鼓の四種類のみです。しかしその音は多彩で、どのような雰囲気も見事に描き出します。今回は作調を大鼓の亀井広忠さんが担いますが、古典はもとより様々な新作も手掛けている第一人者で、王道を行くドラマティックな音・音楽を作ってくれるに違いありません」

現代劇でも舞台化済み その違いは?

   鬼滅の刃は現代劇としても上演されている。2020年に初演されると脚本を変えながら3年連続で上演され、22年には9~10月に「其ノ参 無限夢列車」の上演を予定している。現代劇とはまた違った舞台で鬼滅の刃の世界が展開されることになりそうだ。

「能での『鬼滅の刃』舞台化は能の本来の特性からして、シンプルで抽象的な舞台となる点が現代劇との違いだろうと思います。といって、マンガやアニメの世界がそこにないということではなく、シンプルで抽象的な中に、皆さんがご存知の鬼滅のエッセンスやディテールを、確かに見出すことができると思います。
同時に、今回の企画は、『鬼滅の刃』自体の普遍性をも表すのではないでしょうか。昔の日本や鬼を描いた点で、もともと伝統芸能の世界とは親和性があるとはいえ、今回、能狂言になることで、日本の物語のスタンダードとしてこの作品が今後も長く愛され得ることを証明するのではと考えます」(高橋さん)

(J-CASTニュース編集部 大宮 高史)