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王様ペレが「自らユニフォーム交換申し入れ」 オシム氏の秘話、海外メディア報じる

   サッカーのオーストリア1部シュトゥルム・グラーツは2022年5月1日、元日本代表監督でJリーグ・ジェフユナイテッド市原(現千葉)などを率いたイビチャ・オシム氏が亡くなったと公式サイトで発表した。80歳だった。

  • イビチャ・オシム氏(写真:AFP/アフロ)
    イビチャ・オシム氏(写真:AFP/アフロ)
  • イビチャ・オシム氏(写真:AFP/アフロ)

「サッカーはとても簡単であり、簡単なことはすべて難しい」

   オシム氏はボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ出身で、現役時代は旧ユーゴスラビア代表FWとして数々の国際大会で活躍した。現役引退後の86年に旧ユーゴスラビア代表監督に就任。94年からはシュトゥルム・グラーツを指揮し、03年にジェフ市原の監督に就任した。

   05年のナビスコ杯でチームを優勝に導き、06年に日本代表監督に就任。ところが07年11月に千葉県内の自宅で倒れて緊急入院し、一時危篤状態に陥った。幸いにして一命は取り留めたものの代表監督を退き、後任として岡田武史氏が代表監督となった。

   選手、監督として五輪やワールドカップなどの国際舞台で実績を残し、国際的に高い評価を受けていたオシム氏の死去は、世界のメディアが速報で伝えた。

   オシム氏の第2の故郷とされるオーストリアの地元メディア「Der Standard」(WEB版)は1日、オシム氏が生前残した「サッカーはとても簡単であり、簡単なことはすべて難しい」との名言を引用し、「オシムは哲学者だった」などのタイトルで記事を公開した。

   また、オーストリアメディア「KURIER」(WEB版)は、オシム氏が現役時代、いかに優れていたプレーヤーだったかを示す秘話を披露した。

   69年にFCサントスがサラエボを訪れ、オシム氏が所属していた地元クラブ・ジェリェズニチャルと対戦。当時、FCサントスにはブラジル代表の「王様」ペレ氏が所属しており、オシム氏が負傷していると聞いたペレ氏は「オシムがプレーをしないのなら私もプレーをしない」と発言したという。

元日本代表巻氏「伝えたい事が溢れすぎて、書ききれません」

   記事によると、ケガから回復したオシム氏は試合に出場し、ジェリェズニチャルはFCサントスと1-1で引き分けた。試合後、ペレ氏が自らオシム氏にユニフォームの交換を申し入れたという。

   指導者としても輝かしい実績を残し、オシム氏の指導を受けた多くの選手たちが師の訃報にSNSなどで追悼の意を表した。

   ジェフ市原でプレーした元日本代表FW巻誠一郎氏(41)は5月2日にツイッターを更新し、「オシムさん 僕にとってオシムさんはサッカーだけでなく、人生の師です。伝えたい事が溢れすぎて、書ききれません」などと投稿した。

   同じくジェフ市原でオシム氏の指導を受けた元日本代表MF水野晃樹(神奈川県社会人リーグ1部はやぶさイレブン、36)は1日にツイッターを更新し、オシム氏との思い出を振り返った。

   水野は「ワンプレーごと止まっていたら『お前はジダンか?』『止まってプレーしていいのはジダンだけだ!』散々言われた言葉。『2つ先いや、3つ先まで考えろ!』常に考え先を読むこと。イメージを持つこと。サッカーをする事を考えることは初めてオシムさんに教わった」などと投稿し、オシム氏に感謝の意を表した。