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切断した手に「雷に打たれたような激痛も」 10年経っても消えぬ「幻肢痛」、当事者語る辛さ

   20歳の時に事故で右手と両足を失った山田千紘さん(30)は、切断部分がまだ残っているように感じ、しかもビリビリと痺れるという。入院中に知った「幻肢痛」は、約10年経った2022年の今でもなくなっていない。

   日本ペインクリニック学会誌20年6月25日発行号の情報によると、幻肢痛は「四肢切断後の50%の患者で発症」するが、「確立された治療方法」はないという。山田さんはどんな痛みを感じているのか。自身の実体験や、その痛みを人に伝えることの難しさなどを語った。

   【連載】山田千紘の「プラスを数える」~手足3本失った僕が気づいたこと~ (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。)

  • 山田千紘さん
    山田千紘さん
  • 山田千紘さん
  • 山田千紘さんの両足

痛みで一晩中眠れないことも

   事故の後に病院のベッドで目が覚めた時、手足が3本なくなったとは思っていませんでした。右手と両足の指先まで感覚があったんです。でも、よく見ると無い。無いはずの手足があるように感じ、しかも痺れるように痛みました。

   残っている手足の感覚は「幻肢」、それが痛むのは「幻肢痛」というものだと入院中に知りました。約10年経った今でもビリビリと痺れるような痛みがあります。

   入院中しばらくは、なくなった手足3本とも激しい痺れがずっとある状態でした。時が経つにつれ、慣れてしまったからなのか、事故当時ほどは痛みを感じなくなりました。でも痺れ自体はずっとあって、消えることはありません。

   手と足とで感覚が違います。手は事故当時、切断した腕から指先までがまだ全部あるような不思議な感覚でした。それがいつの間にか、腕が存在する感覚はなくなりました。でも、指の感覚は今もはっきりとあります。残った右腕の先(断端)の中に指が収まっている感覚で、その指が痺れるというような状態です。この感覚は伝わりづらいかもしれません。

   手の幻肢痛は、年に数回くらい雷に打たれたような激痛が走ることもあります。先日も一晩中眠れなくなった日がありました。対処法がいまだに分からないから、とにかくベッドの中で手を押さえて耐えました。

義足によって「足がない」状態から「新しい足ができた」感覚に

   一方、幻肢の足は現在、指先が残っていると感じるほどではありません。感覚が変わったのは事故から数か月後、国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)に入院していた時で、義足での歩行訓練を始めてからだったと思います。

   義足を履いたことを機に、「足がないけどあるような感覚」から「新しい足ができた感覚」に変わっていったのかもしれません。義足が、かつてあった自分の足に置き換わったのかなと思います。切断した直後は「ここに足があったんだよな」という感覚が残っていたけど、義足を履くようになってから薄れていきました。

   それでも、足にも痺れは感じます。長時間正座をしていると立ち上がれないくらい足が痺れますよね。感覚としてはそれに似ています。

   耐えられないくらい強い痺れが急に襲ってくることもあって、衝撃がドンと走ったり、痛みで体が勝手にピクッと動いてしまったりということが時々あります。強い痺れは義足をつけていない時に来て、そうなると義足を履けなくなります。逆に義足をつけている時は、立ち上がれないほどの激しい痛みを感じたことはありません。自分でも不思議です。

「この痛みや痺れも自分の体の一部なんだ」と受け入れるように

   義足を履いたのを機に足の感覚は変わっていったけど、義手をつけるようになっても、先ほどのとおりなくなった右手の指の感覚は残っています。僕は今、関節を操作する仕組みがない「装飾義手」を使っていますが、入院当時は体の動きで操作できる「能動義手」を使う練習もしました。

   でも能動義手を使っても、義足のように「新しい手ができた」という感覚はありませんでした。本物の手指のように器用な動きができないことに加え、僕には左手が残っているから無意識に比べてしまったのかもしれません。

   自分の左手指が繊細に動くことを知っているし、毎日見ているし使っている。だからなくなった右手にも、左手と同じような指の感覚がまだあるのかもしれない。一方、足は両方ともないので、元の足がある状態と比べられない。だから義足が自分の足としてフィットしている。推測ではありますが、手と足で幻肢の感覚が違う背景には、そんなこともあるのかもしれません。

   いろんな薬や療法を試したけど、手足の幻肢痛は消えませんでした。常に痺れはあるけど、慣れていったので、激痛が来ない限りほぼ日常生活に影響はありません。でも、意識するとやっぱり気になります。

   だから、「この痛みや痺れも自分の体の一部なんだ」と受け入れるようになりました。共存というか「痛みも友達」というか、そんな気持ちです。

   事故の後は、いろんな困難に直面した時、どんなに考え抜いても答えが見つからないなら、「それも人生の一部なんだ」と受け入れるようになったと思います。いくら考えても変わらないことはある。それについてずっと悩み続けるのではなく、時間が勿体ないから考えないようにする。

   手足3本失ったことを受け入れたからなのか、幻肢痛を受け入れたからなのか、こういうメンタルになったきっかけが何なのかは分かりません。それでも振り返ると、やはり手足を失ってからのいろんな経験があったから、受け入れる心を持つようになったのかなと思います。

伝えるのも難しい、理解することも難しい

   僕が出会ってきた人の中には、幻肢痛がないという人もいました。話を聞いていると、痛みはあるけどそんなに苦労していなさそうだなと思う人もいました。同じように手足を切断しても、感じ方は人によって違うようです。

   この感覚や痛みを皆さんに分かってもらうのは難しいかもしれません。説明しても「何言ってるんだろう?」と疑問に思うかもしれない。

   ある朝、会社に行くためにいつも通り義足を履こうとしたけど、激しい幻肢痛が来て履けなかったことがありました。会社に連絡して出社時間をずらしてもらいました。僕は会社に理解してもらえているけど、理解が得られなくて苦労している方もたくさんいるんじゃないかと思います。

   幻肢痛というものがあることを多くの人に知ってもらえたらいいですね。たとえば骨折や発熱の場合などは、人に伝えやすいです。でも、幻肢痛は「幻」と書くくらいなので、見た目にも分からないし、言葉で伝えるのも難しく、受け手が理解することも難しい。「手が痺れるんです」と伝えても「手ないじゃん」と言われたら、実際そうですし、なかなか説明しづらい。

   どう伝えていくのが正解かは分からないけど、緊急時だけでなく日頃から、自分のことを理解してもらうコミュニケーションが大切ではないかと思います。インターネットなどを通じ、切断と幻肢痛を経験した当事者の発信は増えてきているはずなので、「そういう痛みが存在するんだ」と理解が広まっていくといいなと思います。

(構成:J-CASTニュース編集部 青木正典)