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ヒカキンも愛用「食パンソファベッド」誕生秘話 社内で当初「売れない」の声...話題商品生んだSNSの力

   ふんわりとした食パンを模した「食パンソファベッド」がかわいいとSNSでたびたび話題になっている。ふわふわとした手触りの低反発ソファで、折りたたまれた座面を広げれば寝転がることもできる。神奈川県厚木市のソファメーカー・セルタンが開発した。

   セルタンによれば、販売数は1万台を超えるという。しかし開発当時をよく知る担当者は、「主力商品になるとは考えていなかった」と振り返る。J-CASTニュースは、開発の経緯を取材した。

  • SNSで話題の食パンソファベッド
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  • SNSで話題の食パンソファベッド
  • SNSで話題の食パンソファベッド
  • シリーズ化のきっかけになった「食パン座椅子」
  • SNSで話題の食パンソファベッド
  • 「かわいさ」にこだわった
  • 広げるとベッドのようになる

「めちゃめちゃいい材質なのコレ!」

   食パンソファベッドは、白い面がパンの耳のようなこんがりとした茶色で縁どられている。背もたれ部分はもこもこした山形の食パンを象る。背もたれとひじ掛けはやや硬めの材質になっており、手や背中をかけることができる。

   大きさは、ソファ状態では幅80センチ、奥行き60センチ、高さは60センチほど。パンが積み重なっているような座面の底を引き出すと、167センチほどに伸ばすことができ子供や女性が寝転がれるほどのサイズになる。

   このユニークなソファにインターネット上の多くのユーザーが魅了された。2017年9月には人気ユーチューバーのヒカキンさんが「食パンソファベッドが最高すぎるwww」と題する動画で紹介し、「めちゃめちゃいい材質なのコレ!」「食パンで寝れちゃうこれ最高~!」などと熱弁した。コメント欄にも「これ考えた人天才じゃん」「このソファベッド欲しくなった」などと興味を持つ声が殺到した。

   最近では2022年11月9日、ツイッターで「可愛い」などと紹介する投稿があり、1万6000件のリツイート、9万件の「いいね」が寄せられる大きな反響を呼んだ。

   長らくインターネットユーザーを魅了し続けている食パンソファベッド。開発したのはセルタンの前SNS担当者で、広報、営業、商品開発も担っていたという。担当者はすでに退職しており、取材には後任の八木翔さんが応じた。

職人の「おふざけ」が予想外の反響を生んだ

   八木さんは2022年11月24日、駐在先のベトナムからテレビ電話で取材に応じた。食パンソファベッドは「食パンシリーズ」というカテゴリから生まれたものだと説明する。

   食パンシリーズを開発したきっかけは、前任者の「なんとなく可愛いものを作ってみたい」という出来心だったと振り返る。例えば、商品の流通のためにも重要な品番にも遊び心が加えられているという。同社ではほとんどの品番がAから始まるのにもかかわらず、食パンシリーズは開発当初からパンを推測できる「PN」となっている。

   シリーズ最初の商品は2013年に発売された「食パン座椅子」。併せて食パンソファベッドの構想もあったそうだが、社内では「売れないだろう」と考えられており、開発には至らなかったという。八木さんによれば、当時の社員は職人気質で、モノづくりに強い誇りを持つ一方で、食パンと家具を掛け合わせるような独創的な商品を作ることにはどこか抵抗があり、消費者にも受け入れられるとは思っていなかった。

   食パンソファベッドは、食パン座椅子がSNSを通じてヒットしたことをきっかけに開発が進められることになる。

   社内で期待されてこなかった「食パン座椅子」に、最初に目を付けたのはニトリのEC担当者。ニトリでの取り扱いが始まると、ブログやSNSで商品の口コミを書き込まれるようになる。

   前任者はこのころ、採用活動のためにツイッターアカウントを運用し始め、こうした口コミを見かけるようになる。ただ当時、SNSにはどこかアングラな意見を交換する場という印象もあったそうで、社内ではインターネット上の露出が商品の販売につながるとは考えていなかった。

   しかしある購入者とのやり取りが拡散されたことが、同社にとって大きな転機になった。

「ある購入者様の軒先にツバメの巣ができたようで、一度巣からひなが落ちてしまったことがあったそうです。その方がまたヒナが落ちてしまった時の衝撃を和らげるために、巣の下に弊社の食パン座椅子を置いたそうです。このツイートを見た前任者は『こういった使い方をしてくれるのはうれしい』と考え、軒先に置いて汚れてしまった商品の代わりに新品をお送りしました。このやりとりが拡散され、弊社の商品やSNSがポジティブに注目してもらえるようになりました」

SNSで温かいエピソードが拡散され、その後の同社の対応も評価されたことによって、同社のファンが増え商品にも注目が集まった。食パン座椅子が「かわいい」と話題になると、売り上げにもつながった。これを機に、お蔵入りしていた食パンソファベッドの企画も再始動することになる。

「実用性」と「かわいさ」で迷う

   八木さんは、食パン座椅子に対するSNSでの反響を受けて、社内の売り方や商品開発に対する考え方に大きな変化が生じたと振り返る。

「驚くというよりも、『こういうことやっても良かったんだ!』と社内の固くなっていた考え方がほぐされる感覚がありました。こだわりの強い職人たちの間で、新たな挑戦に対する心の抵抗が薄れていき、家具屋として良質なものを提供するだけではなく、SNSを通して人々の求めているものが何なのか考えるようになりました」

食パンソファベッドの開発では、その実用性とかわいさのバランスに悩んだという。ソファらしく背をかけやすくするならば、背もたれを大きくしたほうが良い。しかし可愛らしい食パンのシルエットを保ったまま、全体を大きくすると置く場所がなくなってしまう。背もたれだけ大きくすると「しめじ」のような形になり、食パンらしさから遠ざかる。

「背中部分を大きくしないと不便で売れないのではないかという心配もありましたが、SNSでは『かわいらしい食パン』を求めてくださる声が広がっていました。そうした声を受け、背中部分は小さめになりました」

また一般的な食パンは真四角に焼かれているが、同社の食パンシリーズは「かわいさ」を追求し、あえて山形の食パンを模したという。社内では、この山形の曲線の角度をめぐって激論を繰り広げることもあったそうだ。

   さらにヒカキンさんが「めちゃめちゃいい材質」と評していたように、家具屋としてのこだわりもある。食パンソファベッドには、安価の家具では用いられないモールド製法を採用しているという。

「「耐久性に優れ型崩れしにくいモールド製法は、一般的にコストがかさばります。弊社はモノづくりの方針として、高い技術を安く提供したいと考えており、実は車両関係やベット関係の工場から出るウレタン系材料の切れ端を再利用しています。車両のウレタンの発砲技術は優れており、実はこの品質のものを海外で作ろうとすると、日本よりも粗悪で高くつきます。また、本来ならば産業廃棄物になるものをリサイクルしているので、SDGsの先取りかもしれません」

「ファンを財布として考えてはいけない」

   食パンソファベッドはこのように、前任者の思い付きとSNSの盛り上がりが生み出した商品だった。八木さんは前任者の仕事を次のように評す。

「開発担当者がSNSで意識していたのは、『ファンを財布として考えてはいけない』ということです。ファンが多いほうが売り上げを上げやすいが、ファンの財布に手を突っ込むような行為は良くないと考えていました。交流の中でファンアートなども寄せられ、一緒に楽しんでいました。仕事というよりも本当に楽しんでいたように思います。そういった盛り上がりが、遠回りに売り上げや知名度につながり、今のセルタンがあります」

さらに八木さんによれば、出向先のベトナムでも食パンソファベッドに興味を持つ人がいるとし、「かわいい家具」に可能性を感じている。

「今では、家具屋らしい正統な家具だけを作るのではなく、世間で話題のかわいい要素を取り入れた新しい家具の形も、海外の高級家具屋などにはない、日本らしい家具として需要があるのではないか考えています。
パンや目玉焼きといった身近なモチーフは、『なにこれ!?パンじゃん』『目玉焼きついてる、朝ご飯かな?』などと、海外でも面白がっていただけます。『かわいい』という普遍的な感覚で生まれた商品で、海外も盛り上げていきたいです」