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【書評ウォッチ】個性的で強い政治家への郷愁 戦後を映す角栄本

【2012年6月10日(日)の各紙から】「消費税」や「震災」「原発」などをめぐる政治の責任とリーダーシップがいま、どうも頼りない。田中角栄に代表される個性的な総理大臣や強い内閣への郷愁が反面教師的な意図もふくめて頭をもたげつつある。「田中角栄再考」とその関連本がいくつか載った。「日本の戦後を映し出して、なお興味つきない」と、朝日で同紙政治部出身の早野透さんが書いている。日経には、田中が首相として果たした日中国交回復の関連本が。どちらも時代の転換点からにじみ出た書籍や書籍群の紹介だ。

「淋しき女王」も登場

『田中角栄と自民党政治』
『田中角栄と自民党政治』

   田中政治とは何だったのか。『田中角栄と自民党政治』(下村太一著、有志舎)は、田中、周恩来両首相が日中共同声明を発した1972年には生まれていなかった著者が、田中を時代の変化を読み取る政治家と位置づける。過密や公害といった都市住民の不満を「公益優先」の旗を振ってかわし、その実、関係利益団体との提携を深めた政治手法を分析した。

   『日中国交正常化』(服部龍二著、中公新書)は、外交史の観点から。「決断実行型」の田中、「熟慮調整型」の大平正芳外相のコンビネーションはわかりやすい。ただし「国交正常化で置き去りにされたのは、未曽有の戦禍を強いられた中国人の心」とも付記している。

   田中退陣のきっかけとなった人脈・金脈問題で登場する女性秘書・金庫番の佐藤昭さんの存在。同郷の新潟県出身で、東京でキャバレーに働きながら田中と再会、ついには「佐藤ママ」「淋しき越山会(田中派)の女王」と呼ばれ、ヘボ政治家たちを平身低頭させる疑似権力に至る。その女性と田中との間の娘が書いた『昭 田中角栄と生きた女』(佐藤あつ子著、講談社)は、赤裸々な角栄私記。外遊中の田中首相があつ子に送った愛情あふれるはがきに、評者の早野さんは「淋しきは角栄その人だったのか」と感慨深く語る。

ロ事件で「覚悟」を語る田中角栄

   この欄でとり上げられた本はほかにも多彩だが、中の4冊は「品切れ」。とすれば一般読者が気軽に書店や通販で買うことはできそうにない。このへんの配慮があっていい。

   中国の知日実務家が田中との再会から書き始める『中日友好随想録』(上下、孫平化著、日本経済新聞社)が日経に。ロッキード事件で係争中の田中は、別れ際に「面壁十年の覚悟」と語ったという。田中首相の訪中を支えた著者の回想記だ。

   ほかにも中曽根康弘、竹下登、宮沢喜一ら歴代の首相や各界にわたる多彩な人々との交流と対話が記録される。たしかに価値ある資料だが、服部龍二・中央大学教授の評は、それらの名前の羅列が50数行中14~5行も。それより「歴史教科書」「靖国」などの記述内容やエピソードをわかりやすく紹介すべきだろう。「書」の「評」としてはやや疑問だ。

(ジャーナリスト 高橋俊一)