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【書評ウォッチ】日本経済支えた「底辺の悲哀と怒り」 釜ケ崎の言葉から見えるもの

   「忘れてならないことは忘れるべきではない」と、世の傾向にズバリと釘を打つ評が東京新聞に載った。とり上げたのは『釜ケ崎語彙集』(寺島珠雄編著、新宿書房)という、70年代前半に日雇労働者2万人の街で交わされた独特の言葉を集めた一冊。その言い回しとともに垣間見える時代と人のドキュメンタリーでもある。非正規社員・従業員が増え続ける今に照らせば、昔話ではなく、日本社会が「釜ケ崎化しつつある」とする評者の詩人・正津勉さんの指摘は鋭い。【2013年10月27日(日)の各紙からⅡ】

どこか通じる面がぬぐい切れない現状

『釜ケ崎語彙集』(寺島珠雄編著、新宿書房)
『釜ケ崎語彙集』(寺島珠雄編著、新宿書房)

   大阪・釜ケ崎。「寄せ場」ともよばれ、日雇いの人々でごったがえした街には、劣悪な労働環境、下請け、ピンはね。実は日本経済を底流から支えてきたところでもある。東京なら山谷、横浜は寿町。そういう地域があったことを、なぜあったのかの経済構造もふくめて忘れてはいけないだろう。

   本は釜ケ崎の1972-73年の現場報告書。外からの視察や調査によるものではなく、釜ケ崎に根をおろした人たち自身が仕事や食、住、行政の対応から無縁仏の現実までをひろいあげた記録だ。一部が雑誌に発表されたまま未刊になっていた原稿をまとめて、40年ぶりに刊行されたという。

   集められた言葉は「ドヤ(宿)」「アオカン(野宿)」「バンク(売血)」など。それが飛び交った生活を地図・写真入りの全243項目に記録した。年末にはドヤもなく、アオカンする人が一夜ごとに増えたという。

   搾取や差別に怒った暴動も何回か。評者が紙面に引いた歌に「底辺の悲哀と怒り」がこもる。

われも石を投げ兼ぬる思い労働者を搾取して街の企業膨(ふ)くるる

   今、全国に非正規労働者2千万人。釜ケ崎とはもとより同じではないが、どこか通じる面をぬぐい切れない現状は切なく、不気味だ。

若者減なのに大学増設の異常事態

   ほかには『笑うに笑えない 大学の惨状』(安田賢治著、祥伝社新書)が朝日新聞に小さく。少子化、若者減にもかかわらず、大学・学部の新増設が続き、競争率は低下の一途、私大の半分が定員割れ。それでまだ新設の動きが止まらなければ、もはや異常事態だ。

   「名前を書けば入れる」「出たところで高卒の仕事」の大学もあると本は告発する。その先に待つのは学力低下と就職難。ゆがんだ実状にあきれるほかはない。

(ジャーナリスト 高橋俊一)

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