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仏の学者エマニュエル・トッド、日本でも大人気 祖父は『アデンアラビア』のポール・ニザン

   いま世界で最も注目されている知識人、といえばフランスの人口学者で歴史学者のエマニュエル・トッド氏だろう。人口統計や家族構造に基づく斬新で大胆な分析で知られ、ソ連の崩壊、アメリカの凋落、アラブの春などを予見したとされる。

   日本でも著書が次々とベストセラー上位に食い込み、来日講演も多い。テレビのインタビュー番組などで見かけることも増えてきた。いったいどんな人なのか。

  • トッド氏の日本での最新作『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 』
    トッド氏の日本での最新作『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 』
  • トッド氏の日本での最新作『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 』

『シャルリとは誰か? 』がベストセラー

   トッド氏の日本での最新作は、2016年1月20日に発売された『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 』(文春新書)。昨年1月のパリ・風刺漫画出版社襲撃事件を題材にしたもので、2月19日現在、Amazon 新書売れ筋ランキング8位に入っている。昨年5月発売の『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 』(文春新書) はすでに13万部を突破した。外国人学者による硬派本の中では突出した売れ行きだ。

   トッド氏は1951年パリ近郊の生まれ。ケンブリッジ大などで学んだ。76 年、最初の著作『最後の転落』で、近い将来のソ連崩壊を予測し頭角を現す。当時まだ25歳だった。

   その後94年には『移民の運命』で西欧の移民問題を、2002年には、『帝国以後』でアメリカの凋落を、07年の『文明の接近』(共著)では変貌するイスラム圏を分析している。この40年ほどの間に、旧ソ連、アメリカ、移民、イスラム、西欧の没落などについての「大著」を次々と出版。世界が直面する課題を早々と予見し、その解明に取り組んできた。

   日本では、フェルナン・ブローデルの名著『地中海』の翻訳出版で知られる藤原書店が早くからトッド氏に着目、一連の大作を翻訳出版してきた。ここへきてイスラム過激派や移民問題が世界を揺るがす事態となり、トッド氏の「先見性」への注目度が一段と上がってきたといえる。

NHKが「最大級の知識人」の扱い

   日本ではどんな人が読んでいるのか。週刊朝日の2月26日号は、今年の京都大学特色入試で経済学部に合格した受験生のこんな声を伝えている。

「論文試験の前に新書を数冊買って読みました。『グローバリズムが世界を滅ぼす』の著者の1人、エマニュエル・トッドが最近話題なので、出るかも、と思いました。実際にこの本に書かれていることを論文入試で丸々使いました。読んでいてよかった」

   この受験生は将来、「東アジア連邦」をつくりたいという希望があり、大学卒業後はまず商社に入ってその下地を作りたいそうだ。国際舞台で活躍したいと思っているような若い層に読者が広がっていることをうかがわせる。

   テレビで紹介される機会も増えている。特に目立つのはNHKだ。昨年9月には「世界経済の行方 歴史学者エマニュエル・トッドに聞く」を放送。ヨーロッパ総局長がインタビューしている。今年2月18日にも「キャッチ!インサイト 『エマニュエル・トッドに聞く テロと社会』」で登場させた。

   近年、しばしば来日記念講演会も開かれ、こちらも大人気だ。1月28日の慶応大学での「エマニュエル・トッド来日記念講演」には予定募集定員を大幅に超える応募があり、早々に募集を締め切ったことが告知されている。

祖父はサルトルの学友

   トッド氏は06年、朝日新聞のインタビューで、「核兵器は偏在こそが怖い。インドとパキスタンは双方が核を持った時に和平のテーブルについた。中東が不安定なのはイスラエルだけに核があるからで、東アジアも中国だけでは安定しない。日本も持てばいい」と述べ、日本の核武装を提言した。

   この発言からはクールな現実主義者、とも見られがちだが、母方の祖父は高名な作家のポール・ニザン(1905~ 1940)。ジャン・ポール・サルトルの学友であり、同時代を熱く生きた人だ。

   「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」──この冒頭の名文句によって全世界の若者から共感をえた青春小説の傑作『アデンアラビア』の作者だ。日本では1966年、晶文社から出た篠田浩一郎訳で広く読まれ、その後、全11巻(別巻も含む)の著作集も刊行された。

   『アデンアラビア』の舞台は、砂漠の地イエメンのアデン。奇しくもイスラムの地だ。ポール・ニザンは、ナチス・ドイツが膨張し、人民戦線が結成された1930年代というヨーロッパ激動の時代を、反ファシズムの立場でラディカルに生き、35歳で戦死した。

   そんな夭折の祖父の鮮烈な青春を、トッド氏は影のように背負い、世界と文明の「過去・現在・未来」を考察してきたのだろうか。近著『トッド 自身を語る』(藤原書店、15年12月刊)では、そのあたりのことは特に触れられていない。「自分は教育によってつくられた人間であり、それ以外の何物でもない」と回想し、その教育とは「フランス普遍主義と英米的文化相対主義の凝集」と説明している。