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結婚記念日 松任谷正隆さんは、特別な年の夜景を覚えておこうと思う

   CAPA 1月号の「1枚のフォトストーリー」で、音楽プロデューサーの松任谷正隆さんが結婚記念日、すなわち妻由実さんとのお祝いの日について書いている。カメラと写真の専門誌らしく、松任谷さんが撮影したスナップ写真を添えてのエッセイである。

「結婚44周年なのだそうだ。この日の夜(2020年11月29日夜=冨永注)、僕たちは会社のスタッフたちと忘年会を兼ねて記念日を祝ってもらうことにした」

   その朝、夫妻は結婚生活を振り返り、「結婚式は5年前くらいだった感じがする」との思いで一致した。ただしそれ以外の時間感覚は互いに違ったそうだ。濃密度というか、出来事の詰まり具合でいえば夫婦で5人分くらい生きてきたはずだから、当然だろう。

   松任谷さんの誕生日は11月19日。これに結婚記念日と、ついでにクリスマスと正月、由実さんの誕生日(1月19日)をまとめて祝ったらどうか。そんな提案を、レストランに向かう車内で妻にしたところ「幸い否定された」という。

「そんなことに合意されたらつまらない人生になるよな...面倒でも、やはりやるべきことはやるべきなのだろう」

   祝宴の会場は、東京を一望できる店だった。前年、同じところで松任谷さんの誕生日を祝ったそうだ。有名人のコラムは、セレブの生活を覗き見ている感覚にさせる。

  • 東京の夜景を見ながら…
    東京の夜景を見ながら…
  • 東京の夜景を見ながら…

コロナで見えたもの

「お祝いの会のメンバーはなんだか時代を表す。もちろん、その時いちばん居心地のいいメンバーでやってきた。それが会社のスタッフになったのはつい最近かもしれない」

   結婚記念日に集まったのは、「年末に向けて作った由実さんのアルバム」で一丸になった人たちで、普通ではない連帯感を覚えたという。夜景を見下ろしながら、ふと「あと何回こんな気持ちになれるのだろう」と思った筆者は、慌ててその感傷を打ち消す。「同じ気持ちを持とうと思ってはダメだ。同じ気持ちだったら今日に勝てる日はない」

「コロナはいろいろな価値観を運んできた。大事なもの、大事でないものがコロナを通して透けて見えたような気がした。何かに触れるたびに気になって指に消毒液を吹きかける僕。自分の性格まで透けて見えてくるようだ」

   松任谷さんの価値観に従えば、親しい人たちに囲まれての記念日や祝宴は、おそらく、コロナのフィルターを通しても「大事なもの」に分類されるようだ。

「遠くで花火が上がるのが見えた。まるでミニチュアの花火のようだ。なんとかこの日の光景を覚えておきたい、と思った」

   こう結ばれるエッセイには、祝宴で撮られたらしい由実さんの写真が添えられている。夜景を背に、ストローでカクテルを飲むユーミン。ピントは筆者の、同じドリンクにフォーカスされており、歌姫の面影はほどよくぼやけている。

なんだか人恋しく

   過去の結婚記念日のうち、松任谷さんが覚えているのは2回くらいで、あとは祝ったかどうかも含めて覚えていないそうだ。まあ、そんなものか。しかし2020年の記念日は「なんとか覚えておきたい」という。特別な年の、特別な日だからである。

   結婚記念日や誕生日は、何十回と重ねるうちにマンネリ化し、新鮮さは薄れていく。ところが、コロナ禍という未体験の生活環境は、それぞれの「年中行事」に新たな意味を与えた。「密」を避けるということで、大人数での寄り合いは難しくなる。あらゆる行事について中止や延期が検討され、「軽い」と判断されたものから省略された。

   しばらく会えない人が増え、だれもが人恋しいロマンチストになった。「生存確認」の儀式のようになっていた年賀状が見直され、虚礼だとナメていたことが実は地味ながら役割を持っていた、なんてこともあった。

   限りある人生の、限られた1年。コロナは「大事なもの、大事でないもの」をふるいにかけた。結婚記念日が大切という人がいれば、法事はやっぱり欠かせないと考える人もいる。それぞれの取捨選択を経て、忘れられない、かけがえのない映像が残される。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。