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「恋人親子」復活 山田詠美さんはその不気味さに日本の退行を思う

   ジンジャー4月号の「フォー・ユニーク・ガールズ」で、山田詠美さんがテレビ広告に登場する「恋人のような父と娘」に疑問を呈している。

   山田エッセイは、少し前に見たという車のCMから始まる。

「優しそうで、なおかつタフな感じで、しかも見映えの良い父親と娘がドライヴを楽しんでいる。その娘も、しゅっとした美少女。二人は行き着いた先で車を降り、絶景スポットをながめる」 父親のモノローグ〈おれには格好付けたい相手がいる〉に続いて、親子の会話〈パパより格好良い人と結婚出来るかな?〉〈楽しみだな〉

   そこでナレーションが〈親子デートしよう〉

   「...えーっと、こういう場面に出食わしたら、どうリアクションすれば良いんでしょう。いや、笑いをこらえて、むずむずしているのは私だけで、皆、素敵な親子だわ~~と思うのだろうか」...山田さんはこの映像を見て、ものすごい既視感に襲われたそうだ。

「世の中が色々な意味で退行しているんじゃないかと私は心配になるの。だって、バブル時代にも似たようなCMがあったんだよ」
  • 子離れの準備が必要なときがくる
    子離れの準備が必要なときがくる
  • 子離れの準備が必要なときがくる

バブル期にも同じ発想

   それはクレジットカードの広告だった。いかにもビジネスで成功した風の青年がスカッシュで汗を流している。そこにこんなナレーションが被さるそうだ。

〈職業、エディター 恋人、娘 週末、活字を忘れる〉
「今の時代の男性編集者が見たら、殺意が芽生えるであろう能天気な優雅さである。でも、多くの人々が、こんなライフスタイルに憧れたんだよねー...その気になっちゃってた男性編集者もいっぱいいた。おれ、編集者なんて泥臭い職業と違うよ、エディターだもんね! と言わんばかりに肩で風切って歩いてた」

   筆者が問題視したのは、しかし編集者の描き方ではない。〈恋人、娘〉である。

「多くの男たちが理想形ととらえた、その父と娘の関係が気持悪くて仕方なかった。いつかは娘離れしてくれるんだよね? ね? ね? なんて危機感すら覚えていたら、いつのまにか『娘、恋人願望』は影を潜めた。...と、思っていたら冒頭の車のCMである」

   ただし、気持ち悪さは娘の年齢にもよるらしい。

「『おっきくなったらパパと結婚するのぉ』という幼児の娘に目を細める...なら解る。でも、成長してもそれって...そして、それを温かい目で見守る社会が戻って来た日本が、私にはつくづく不気味」

父親の精神性

   ジンジャーは幻冬舎の女性ファッション誌で、読者層は20代後半から30代とされる。山田さんの随筆はアラサー女性たちに呼びかけるスタイルで、毎回ラフに書き進む。

   彼女が「気持ち悪い」「不気味」と感じたのは、娘が年頃になっても「俺の恋人」と公言する父親の精神性である。これが高じると、「俺の目に適う男を連れて来いよ。その場で判定してやるから」みたいな、娘のプライベート領域に土足で踏み込んでくる父親像となる。昭和期のホームドラマでは、それがひとつのスタンダードだった。

   他方、広告の制作者は「恋人、娘」の設定が商品の訴求力を高めると考えた。クレカの広告は昭和末期から平成初期だが、筆者が問題とするのは、ほぼ同じコンセプトが令和の今に復活したことだ。いつまでも「娘ばなれ」しない父親ではたまらんぞ...と。

   父親と娘、母親と息子。その関係性は家族によるだろうが、クルマやクレカの広告のような付き合いを理想とするのは、娘に恵まれなかった私もどうかと思う。男女とも、ひとりで風呂に入るような年齢になったら、親としては子離れの準備が必要だろう。

   いい年をした娘との入浴を自慢するような親父もいるから、人それぞれではあるが。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。