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得意を磨く ジェーン・スーさんが忌む呪いの言葉〈好きを仕事に〉

   婦人公論(12月14日号)の「スーダラ外伝」で、ジェーン・スーさんが仕事に関わる「好き」と「得意」の見極めについて書いている。なかなか示唆に富む考察だ。

   「中年になってからの仕事に関する持論は、〈35歳を過ぎたら好きなことより得意なこと〉だ」...冒頭から結論めいた断定。ジェーンさん、48歳の実感だろう。

「〈好きを仕事にする〉は、私が若い頃から尊ばれてきた価値観で、いまでも多くの人が口にする。好きの追求を悪だとは思わないが、生活するためのお金に換えるとなると、合理的とは言えない場合もある。〈好きを仕事に〉は、ある種の呪いの言葉だ」

   ジェーンさん自身、好きを仕事にはしていないという。「執筆業もラジオ業も、特に好きなことだと意識したことはなかった」と。彼女の楽しそうな仕事ぶりは羨ましくもあり、意外である。ではなぜ生業となったのか。それは、誰かが「ジェーン・スーの得意そうなこと」を探してくれて、やってみたら手ごたえがあったという時系列らしい。

   若い頃はマーケティングに携わりたかったそうだ。あのまま脱サラしなければ実現したかもしれないとしながらも、ご本人は冷徹に振り返る。

「いまほど手ごたえのある成果を出せたか...才能があったとも思えない。かなり苦労したであろう...会社員時代、私は苦労したぶんだけやり甲斐を感じられるのが仕事だと思っていた。しかし...やり甲斐と手ごたえは別物で、私が自分を満足させられるのは手ごたえのほうだ」
  • 「好き」と「得意」は実は地続きかもしれない
    「好き」と「得意」は実は地続きかもしれない
  • 「好き」と「得意」は実は地続きかもしれない

やり甲斐と手ごたえ

   やり甲斐と手ごたえは、どう違うのか。筆者の定義は明快そのものだ。

「苦労して納品した仕事で、人の役に立てたと感じられるのが〈やり甲斐〉。苦労しようがしまいが、納品した仕事に自分自身が満足し、納品物を見た人から次の仕事を発注されるのが〈手ごたえ〉」

   40歳前後になれば、人間、がんばりが利かなくなる。体力も集中力も続かない。中年に達してなお、〈不得意な分野でも苦労することに価値がある〉という考えでは辛い結果になる、というわけだ。だから「好きなことより得意なこと」に専念すべしと。

「誰にでもほかの人より得意なことはひとつくらいあるもので、それは他者に見つけてもらうしかない。信頼する人に尋ねれば、なにかしら答えてくれるはずだ」

   ジェーンさんは先日、客観的に見て圧倒的に不得意な〈好き〉を仕事にしている若者に出会ったという。「本人はとても幸せそうだが、暮らしていけるほどは稼げていない。副業だから成立していると言える」。気力と体力がみなぎる年代ゆえの特権か。

「ニコニコ顔の若者を見て、『はて、私はなにが好きなんだっけ?』と大きな疑問が湧いてきた。得意ばかりを磨いていたら、夢中になるほどの好きがわからなくなってしまった。これはこれで小さな不幸なのかもしれない」

現実との折り合い

   30代半ばからは「好き」をわきに置き「得意」で稼ぐべし...このアドバイスを聞いて誰もが思うのは、では自分はどうか、どうだったかということだ。

   あくまで生計手段についての話である。「好き」をそのまま仕事にできる人は幸せだが、多くはどこかで妥協し、自分なりに理想と現実の折り合いをつけて今に至る。

   ただし、続けているうちに「好き」になる仕事というのはある。「好きと意識したことはない」という彼女の目下の活躍ぶりも、そんなカテゴリーに入るのではなかろうか。得意なのは当然として、少なくとも嫌いではないだろう。

   〈好きを仕事に〉が呪いの言葉となるのは、いつまでもその呪縛が解けず、夢を追い続けるうちに生活が破綻しかねないからだ。30歳を過ぎるくらいまではいいが、中年の域に達したところで「好き」から「得意」にシフトチェンジしようというのが、今作のメッセージだ。自身の影響力を自覚しての、責任ある大人の助言といえる。

   とはいえ「好きこそ物の上手なれ」ともいう。好きだからこそ飽かずに努力を重ね、いずれその道で大成する例もあるから、「好き」と「得意」は実は地続きかもしれない。「得意」で稼ぐのもいいが、「好き」も捨てずに心の隅で温めていたい。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。