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大富豪の役割 元村有希子さんが前澤友作氏の宇宙旅を評価する理由

   サンデー毎日(1月2-9日合併号)の「科学のトリセツ」で、毎日新聞論説委員の元村有希子さんが実業家 前澤友作氏(46)の宇宙旅行を論じている。

   前澤さんは衣料通販サイト運営会社「ZOZO」の創業者。昨年12月8日、ロシアのソユーズ宇宙船で地球を離れ、日本の民間人として初めて国際宇宙ステーションに滞在、12日後に無事帰還した。無重力での生活をリアルタイムで発信したほか「宇宙なう」「地球は確かに青かった」などのツイートが話題に。負担した「旅費」は約100億円とされる。

「はしゃぐ様子に『そんな無駄遣いする金があるなら、困っている人のために使ったらどうだ』などと言う人がいる。けれど、100億円払って『宇宙へ遊びに行く』ことも、大金持ちの役割だと私は思う」

   結論を冒頭に置いた、紙面でいえば社説のような構成である。

「宇宙開発はこれまで、国威発揚とか資源獲得とか覇権競争とか、マッチョな目的で進められてきた。巨額の投資に踏み切れるのは国家ぐらいしかなく、そうなれば多くの人が納得できる、分かりやすい理由を掲げるしかなかった」

   そんな「常識」を、前澤氏を超える大富豪たちが変えつつある。

   元村さんによると昨年は「宇宙旅行元年」で、アマゾンやヴァージンといったベンチャー創業者が本物の無重力を体験した。職業飛行士でなくても、頑強な肉体がなくても宇宙に行ける時代の到来だ。筆者は当然、これも前向きに評価する。

   「無鉄砲で無邪気な彼らの挑戦が近い将来、宇宙利用の裾野を広げ、身近にしていくことは確実だ」「大富豪が、自分の稼ぎで手がけるなら、ハードルは低くなる」と。

  • 月旅行が実現する日も、遠くないか
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芸術家も月へ

   もちろん、たいていの億万長者は実業家の顔も併せ持ち、宇宙旅行にしても単なる道楽や暇つぶしではない。元村さんは、前澤氏についても「新規ビジネスの布石とみればお値打ちかもしれない」とにらむ。チケット一枚で宇宙に行ける時代を前に、自身が体験した100日間の訓練や12日間の宇宙滞在記録は、最高に美味しいソフトになるはずだ。

   米国の電気自動車大手テスラのCEOとして知られるイーロン・マスク氏は、自ら起業したスペースX社で開発中の宇宙船「スターシップ」で月に行く計画を公表している。数人の芸術家を招待する計画で、どんなインスピレーションがわくのか楽しみらしい。

「〈何用あって月世界へ? 月はながめるものである〉。アポロ11号の月面着陸(1969年=冨永注)を、コラムニストの山本夏彦はこう皮肉った。あれから半世紀余り。私たちは面白い時代の幕開けを見ることになるのかもしれない」

   山本が想像しえなかった「宇宙の民営化」を念頭に、元村さんはこう結んでいる。

「少なくとも芸術の進化の方が、覇権争いよりはるかにわくわくする」

大気圏外の開放

   元村さんは科学記者が長く、テレビのコメンテーターとしても活躍する。私は現役時代、何かの席でお目にかかり、ご挨拶した覚えがある。

   同業者の簡潔な文章はいいなと、改めて思う。論旨以前に、まず読みやすい。新聞記事は中学生にわかるように書きなさいと教育された新人時代を思い出す。

   前澤氏の「散財」への評価については、読者の意見も分かれるかと思う。実は私も、やたらとお金を配ることには「?」と思うことがある。他方、己の才覚で稼いだ金を何に使おうが自由ではないか、という意見もわかる。ただし、無難な「両論併記」では、社説はともかくコラムは成立しない。キレが悪くなるからだ。褒めるにせよ貶すにせよ、批判(炎上)覚悟で筆者の立ち位置をハッキリさせる必要がある。

   元村さんは定石通り、大富豪にしかできない変革もあると明快に主張する。変革の最たるものが、国家間のマッチョ競争が支配してきた宇宙空間の開放だと。このくらい踏み込まないと、読ませるコラムにはならない。

   元村さんはふだん、科学環境分野の社説を書いておられると拝察するが、アウトプットの性格や媒体によって筆致を変えるのもまた、プロの技である。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。