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若者よ聞け 土屋賢二さんの冗談アドバイス「長生きを軽蔑せよ」

   週刊文春(2月3日号)の「ツチヤの口車」で、土屋賢二さんが「若者へのアドバイス」と称してジョークを乱打している。おなじみの冗談コラム。乗せられるのは癪なのだが、おもしろいから仕方がない。より正直に言えば、困った時の「口車」である。

   筆者は冒頭、若者に助言するなら我こそ適任といった正当化を試みる。

   「長く生きていると、どんな人間にも多少の知恵はつく...しかもわたしは、経験は積んでも失敗ばかり、幾多の失敗から何も学ばない。そこまで厳しく自分を貫いてきた」...これはほんのマクラで、ここからが冗談の本題。若者からの相談を想定した「回答」が続く。

   〈人の目が気になります〉

「どんなに悪く思われても心配無用。慣れる。慣れの力は強力だ。どんなまずい物でも毎日食べていれば、『まずい』と思うのは十回に七回までになる...さらに時間がたてば、他人からの低評価に対して『どいつもこいつも見る目がない』と考え、ゴッホなど不遇の生涯を送った天才に共感するようになる」

   なるほど...なんて感心してはいけない、いつもの土屋節。そして「さらに歳をとれば、自分に関心を払っている人はいないことを確信する」と無責任に突き放す。

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長生きの秘訣

   〈熟睡できません〉

「野生の動物を見よ。キリンはニ十分しか眠らない。立ったままでだ。それでもあれだけ大きく育っているのだ」
〈長生きの秘訣を教えてください〉
「若者なら長生きなど軽蔑しろ。子どもや老人のために命を投げ打つのが若者だ。不幸にも命を投げ打つ機会に恵まれなかったわたしに代わって、弱者のために命を投げ打ってほしい...寿命は人間の力の及ぶものではない」
「長生きすれば言いたい放題だから、『運動をせず、毎日タバコをニ十本吸い、酒を二合、脂身の多い牛肉を食べる、これが長生きの秘訣だ』と答えても、だれも文句は言えない。これとは逆に『長生きの秘訣は、タバコにも酒にも女にも手を出さなかったことだ。十歳まで』とふざけてもよい」

   土屋さん、長生きの秘訣を聞かれたら言おうと決めている答えがあるそうだ。

「それは『秘訣は、死なないことだ』という答えだ。これは昔、DeNAのラミレス監督が6‐0で巨人に負けたとき、記者に『何が足りなかったんですか?』と聞かれ、『7点』と答えたのにならった答えだ」

   ここまで読んで、しょーもないことを書き連ねる年寄りだと思ったらあなたの負けだ。筆者はそこまで先回りして、こう結んでいる。

「最後に一言。老人のアドバイスには耳を貸さないことだ。アドバイスしたがる老人になるのが関の山だ」

勘違いのリスク

   多くの老人の特技というか趣味は、若年へのアドバイスである。体力が衰えても、高齢者にはもれなく人生経験が残り、成功も失敗も、とうの昔に完結したサンプルとして何層もの記憶にしまい込まれている。それを適宜引き出し、悩める若者に無償でヒントを与える。うまく機能すれば、社会的にも有益ではなかろうか...と、ここでは書いておく。

   77歳の土屋さんは、お茶の水女子大学名誉教授にして哲学者。ご自分でも示唆しているが、これほど助言に適したピカピカの属性も珍しい。もっともコラムの大半は冗談で、最後の「老人のアドバイスには耳を貸さないこと」が全てをひっくり返す。ごく少数にせよ、真面目に読み進めてきた読者も一緒にひっくり返るに違いない。

   しかし私は、この最後のメッセージに一筋の光明を見る。それは、年長者のアドバイスはしばしば善意を装った自己満足に終わる危険があるためだ。

   人生の先輩として、また職場の上司として気をつけたいのは、酒席での自慢話である。もっとダメなのは呼び出しての説教、最悪は満座における批判だろう。どんな善人も、こうした勘違いのリスクから自由ではない。

   ならば助言者として世の中に貢献しようとか、余計なことは考えないようにしたい。これは自戒を装った、同世代へのアドバイスである。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。