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ウクライナの「鳥人」ブブカ氏 ツイッターからにじみ出る「苦悩」

   ウクライナの誇るスポーツ界のレジェンドと言えば、セルゲイ・ブブカ氏(58)だ。棒高跳びで世界記録を35回塗り替え、五輪で優勝したこともある。世界陸上では6連勝。

   しかし、多数のウクライナの現役メダリストらが、今回のロシアによる侵攻をこぞって強く非難する中で、ブブカ氏の心境はすぐには発信されなかった。

  • 東京五輪・陸上男子棒高跳の表彰式に登場したブブカ氏(写真:松尾/アフロスポーツ)
    東京五輪・陸上男子棒高跳の表彰式に登場したブブカ氏(写真:松尾/アフロスポーツ)
  • 東京五輪・陸上男子棒高跳の表彰式に登場したブブカ氏(写真:松尾/アフロスポーツ)

世界陸連の副会長

   ブブカ氏は現在、世界陸連の副会長を務めている。そのため、今回のロシア侵攻に関して、最初にブブカ氏の名前が登場したのは、世界陸連セバスチャン・コー会長のコメントの中だった。日刊スポーツは2022年2月25日、「世界陸連がロシア非難 コー会長がウクライナ出身の『鳥人』ブブカ副会長らと協議、支援申し出」という見出しで概要を伝えている。

   それによると、世界陸連は24日、「ウクライナでの出来事に驚愕(きょうがく)し、ロシア軍の侵攻を非難する」との声明を発表した。コー会長が、男子棒高跳びで「鳥人」と称されたブブカ副会長や同国陸連と話し合い、支援を申し出たという。

   世界陸連のコー氏とブブカ氏の正副会長コンビは、共にレジェンド同士の組み合わせだ。コー氏は、モスクワとロサンゼルス五輪で1500メートル(m)の金メダル、800mでも銀メダルを獲得した栄光の名ランナー。ブブカ氏は、1985年7月13日に世界で初めて6mを突破。94年に記録した屋外6m14cmは、2020年9月にスウェーデン選手に更新されるまで屋外世界記録だった。空を飛ぶことが出来る鳥になぞらえ、「鳥人」という尊称がつけられていた。

「戦争は終わらせないといけない」

   ブブカ氏の「肉声」が公開されたのは、2022年2月26日になってからだった。NHKは「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて、陸上の男子棒高跳びの元世界記録保持者でウクライナ出身のセルゲイ・ブブカ氏が自身のツイッターを更新し『戦争は終わらせないといけない。そして、平和と人道が勝利を収めなければいけない』と訴えました」と報じた。

   ブブカ氏はツイッターで、「世界中からのメッセージと支援の呼びかけに感謝している。IOC=国際オリンピック委員会がウクライナオリンピック委員会と連絡を取り、人道的支援を調整していることに感謝している」とも記していた。

   ウクライナの著名アスリートは、ロシアの侵攻に対し、SNSなどでロシア批判のコメントを発している。しかし、世界陸連副会長という公職にあるせいか、ブブカ氏のコメントは特に「ロシア」の名前も出しておらず、全体として、どちらかと言えば慎重な言い回しだった。

故郷はロシアが独立承認

   実はブブカ氏の棒高跳び人生は、前半はソ連、後半はウクライナの代表だった。1988年のソウル五輪で金メダルを獲得した時はソ連の選手だった。6回連続で優勝した世界陸上では、前半の3回がソ連代表、後半の3回がウクライナ代表だった。

   生まれ育ったのはウクライナ東部のルハンシク。そこで名コーチに出会い、成長した。その後、コーチと共に約150キロ離れたドネツクに移ったが、どちらも今やロシアが独立を承認した地域だ。

   2020年に日本で発売された著書『なぜ"ブブカ"はスポーツでもビジネスでも成功し続けるのか』(小学館)の中で、ブブカ氏は、「子どものころに憧れたのは、ヴィクトル・サネイエフ。旧ソ連の三段跳び選手で、1968年のメキシコオリンピックに世界記録で金メダルを獲得すると、72年のミュンヘン、76年のモントリオールと、オリンピック3連勝を果たした。彼は偉大なアスリートであり、人間としても本当に素晴らしく、私にとってヒーローだった」と語っている。

   さらに同書でブブカ氏は、「私の今の夢は、世界の平和だ。戦争や紛争など様々な課題を抱えているこの世界だが、私はオリンピックムーブメントを中心に、すべての世界が一つになることを望んでいる。世界の人々が、みんな一緒に平和に生きる――オリンピックが、それを実現させる本当に素晴らしいかけ橋になることを信じている」とも書いている。

   ロシアとウクライナという対立する二つの国を熟知するブブカ氏。旧ソ連では「年間最優秀選手」に3度も選ばれ、ウクライナでは「功績章第一級」「英雄章」も受章している。長年ユネスコ大使としても活動してきた。

   特にロシアの名を挙げずに、「平和と人道」を訴えるツイッターからは、双方の国で「レジェンド」とされてきたブブカ氏の深い苦悩と悲しみが伝わってくる。