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看護師の仕事着 武田砂鉄さんは性差を取り払ったスクラブを支持

   SPUR 5月号の「働くわたしが着るものは」で、武田砂鉄さんが看護師のユニフォームを論じている。4月号から始まった新連載で、様々な職業と仕事着の関係を当事者への取材を交えて考える。ひとつ前の初回は、いわゆる「受付嬢」だった。

   さて、コロナ禍で社会に欠かせないエッセンシャルワーカーの典型として注目され、国民から感謝されている看護師である。この職業から「白衣の天使」を連想する諸兄姉や私は、すでにかなり遅れているらしい。

「検索サイトで『ナース』と画像検索すると、なかなか卑猥な結果になる。安っぽいコスプレ衣装か、アダルト作品のパッケージばかりだ」

   それらに交じって、フジテレビのドラマ「ナースのお仕事」(1996年~)の画像がいくつか。新米ナースの朝倉いずみ(観月ありさ)が先輩(松下由樹)と戯れている。

「その朝倉いずみがどのような格好をしているかといえば、丸襟の白衣に白のストッキング、そして白いナースキャップをかぶっている...コスプレ方面の画像も押し並べてこれで、つまり、朝倉いずみから更新されていない」

   しかし今、そんな姿の看護師はまずいない。昨今は男女とも「ジャージのような、寝間着のような、とにかく動きやすそうな格好をしている」そうだ。多くがVネックの半袖、色も多彩。近作のドラマはすでに、現実に合わせて修正されているそうだ。

  • 「スクラブ」といいます
    「スクラブ」といいます
  • 「スクラブ」といいます

消えゆく願望本位

   武田さんは現役看護師のユミさんに話を聞いている。〈あれ、「スクラブ」っていうんです。この5年ほどで、どの医療機関もすっかりスクラブばかりになりましたね〉

   ユミさんも看護学校時代は朝倉スタイルだった。その象徴であるナースキャップは「ナイチンゲール的な何か」(ユミさん)のシンボルだが、作業効率や集中力とは無関係。白衣ともども、実用重視のスクラブに置き換わった。再びユミさんの証言である。

〈とにかく着心地がいいんです。夜勤の日は仮眠の時間もあるので、ちょっと大きめのスクラブを着て、パジャマっぽい感じにしたりしています〉

   各メーカーの工夫で、機能性とオシャレが両立しているものが多いという。

「着る人の性別を固定しないのもいい。かつての帽子、そしてボディラインの出やすいナース服はどうしても補足的業務という印象を強めるし、守り抜こうとする最大勢力がエロ方面ともなれば、やがて消えていくのだろう」

   看護師のイメージ色である「白」も何かと不便なのだという。焼肉店や書道教室では汚れが目立つ白を避けるのに、看護師は白衣のままで採血や配膳をしてきた。

「制服というのは、それを着る人の都合が優先されているものではなく、『このようであってほしい』という強制力が色濃く残りがち...スクラブ導入はその力関係を一気に壊したのだ」

   そして結語はやっぱり「ナースのお仕事」である。

「再び復活する機会があれば、朝倉いずみが『いつまでこんな制服なんですか、スクラブでしょ、スクラブ!』とキレるシーンから始めてほしい」

妄想より実用

   武田さんは4月号の初回で、連載の趣旨についてこう記している。

〈新連載では、働く人たちが着ているものを考えていく。(私は)出版社で働いたのちに、ライターに転じたので、もう15年以上、世間一般で言う「だらしない格好」であちこち出かけている...「働く」と「着るもの」にはどんな関係があるのか。自分にはちっとも関係ないからこそ、じっくり考えてみたい〉

   看護師の白衣はかつて、セーラー服などと並び「宴会仮装」の定番だった。あらゆる仕事着のうち、女性看護師と客室乗務員のそれは「男性の妄想を引き起こしやすい」という点でAV界隈でも別格らしい。そういうオヤジ目線に批判的な立場から、武田さんは下衆な願望を打ち砕くスクラブの普及を肯定的に捉えている。

   そういえば初回「会社の受付係」でも、「男性が主導する社会を堅持するものとして、過度に女性らしい『受付嬢』の格好がある」と指摘していた。女性誌の連載らしく、今後もジェンダー平等を意識した読み解きが中心になりそうだ。期待したい。

   受付係の場合、見た目もお客の第一印象を左右するが、看護師は関係ない。分秒の動きに人命がかかる現場もあるから、ユニフォームの機能性や実用性は譲れない要素である。こだわるようだが、客室乗務員も非常時には救護要員。優しい女性も悪くないけれど、(個人的には)たくましい男性も頼りになるから歓迎だ。

   それを身につけるプロフェッショナルの技量を最大限に引き出す、少なくとも邪魔しない...すべての仕事着の大前提だろう。妄想より実用、願望より機能である。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。