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アリババ、バイドゥだけじゃない 「中国版ChatGPT」続々登場

【連載】デジタル中国

   前回の連載では、対話型AI「ChatGPT」の登場をきっかけに、中国でも同技術への関心が急上昇し、2023年3月16日に検索ポータル最大手のバイドゥ(百度、baidu)が「文心一言」(ERNIE Bot)をリリースしたところまで紹介した。(前回記事はこちら:https://www.j-cast.com/trend/2023/03/31458955.html

   それから1か月余り。EC企業のアリババグループ、ソフトバンクグループが出資する商湯智能科技(センスタイム)も自社開発の大規模言語モデルと対話型AI「商量SenseChat」を発表し、それ以外にも複数のプロダクトが公表された。当局の動きもいつになく早く、年内の施行を視野に規制法案も明らかになった。中国版ChatGPTの輪郭がはっきりしてきた4月の状況を、ざっと振り返りたい。

  • アリババは大規模言語モデル「通義千問」を発表
    アリババは大規模言語モデル「通義千問」を発表
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センスタイムも...有力企業の発表相次ぐ

   バイドゥが3月16日に行った「文心一言」の発表会は、見切り発車感が漂っていた。開発チームは3月中に何としてもリリースするよう強いプレッシャーをかけられていたとの報道もあったし、創業者の李彦宏CEO(最高経営責任者)は記者発表後に「現在の文心一言はChatGPTの1月の水準」と、2か月の差があることを認めた。完成度をもっと上げて世に出したかっただろうが、そうすれば他社も続々と参戦し、埋没してしまうと考えていたのかもしれない。

   実際、その通りになった。4月9日にセキュリティーソフトの奇虎360が、対話型AIをリリース。翌10日には3社が大規模言語モデルの開発を発表した。そのうち"中国AI四小龍"と呼ばれ、ソフトバンクグループが出資するセンスタイムは発表会でデモを行い、オンラインゲームの崑崙万維と、検索エンジンで中国2位のSogou(捜狗)を創業した起業家の王小川氏は、この日に大規模言語モデルへの参入を正式表明した。

   そして4月11日はアリババクラウドが英語と中国語に対応し、テキスト・音声ベースで高度な対話ができる対話型AI「通義千問」を発表した。画像を理解したりテキストから画像を生成する機能も、近く追加するという。

   通義千問は近く、マイクロソフトのTeamsに似たアリババのビジネス用コラボレーションアプリ「DingTalk(釘釘)」と、AIスピーカー「天猫精霊(Tモールジーニー)」に搭載される。今後も、音声認識に強みを持つAI開発の科大訊飛(iFLYTEK)など有力企業のリリースが予定されている。

水面下で開発してきた中国企業

   ChatGPTで注目を集めた大規模言語モデルと生成AIは、中国メガテックも以前から開発していた。上述の企業だけでなく、テンセントやファーウェイは過去にエンジニアや研究者向けに成果を公開している。TikTokを運営するバイトダンス(字節跳動)も、真の姿は高度なアルゴリズムを武器とするAI企業であり、当然この分野に投資している。

(筆者作成)
(筆者作成)

   バイドゥの李CEOは中国メディアのインタビューで、「米国ではメガテックが大規模言語モデルに基づく技術をそれほど有望視してこなかったからオープンAIというスタートアップが生まれたが、中国ではメガテックが大規模言語モデルの将来性を評価し投資してきたため、スタートアップが入る余地はない」とも語っている。 ただ、多様な事業を抱える中国メガテックは、大規模言語モデルを自社プロダクトやサービスを改善するための"裏で支える技術"と見なしており、ChatGPTの出現までこれほど派手に宣伝するつもりはなかったようだ。

   ところがAI開発を本業とするChatGPTは、応用シーンを提示せずに誰でも使える純粋な対話型AIとしてリリースし、世界にブームを巻き起こした。技術の応用に主眼を置いていた中国メガテックは、出し抜かれる形になったと言ってもいい。

   アリババは、最終的に自社の全プロダクトに通義千問を搭載すると言明しているが、技術責任者は今回のリリースを「中間発表」と位置付けている。思わぬ形でリリースの前倒しを迫られたが、一方でChatGPTが現れたことで、社会への教育コストを大幅に低減できたことをメリットとも考えているようだ。

行政処分、刑事罰も追及する規制案

   一方、ChatGPTの広がりに警戒を高めているのが、各国の規制当局だ。特にプライバシー保護の意識が高い欧州では規制の議論が先行し、イタリアはChatGPTの利用を一時的に禁止している。 政府による社会の統制が強まっている中国でも規制の行方が注目されていたが、今月11日、IT行政を管轄する国家インターネット情報弁公室が、生成AIを提供する企業向けのルールを定めた「生成AIサービス管理弁法」の草案を公表した。パブリックコメントを経て年内の施行を計画している。

   21条からなる同弁法は主に、中国で提供される生成AIプロダクトは、「社会主義核心価値観を反映し、国家権力の転覆や、社会主義体制の打倒、テロリズムや過激主義の吹聴、民族憎悪、民族差別、暴力、わいせつ・ポルノ情報、虚偽情報の拡散、経済秩序や社会秩序を乱す可能性のある内容」を含んではならず、「心身の健康、肖像権、名誉、個人のプライバシー、知的財産権、商業秘密」を守ることを求めている。

   サービス提供者は政府関連部門によるセキュリティー評価を受け、アルゴリズムを登録することが要求され、ユーザーは実名登録。違反が認められた場合は、サービスの停止や1万元(約19万6000円)以上10万元(約196万円)以下の罰金など行政処分を科すことができるほか、刑事責任も追及できると定めた。

メタバースとは対照的な政府の姿勢

   「中国当局が規制案」と聞くと、反射的に「政府が監視・コントロールしようとしている」と身構える人も少なくないだろう。だが、ChatGPTのような生成AIは虚偽情報やフェイクニュースの温床になる可能性があるし、権利の侵害も懸念されるため、多くの国が規制に動き出している。

   中国はこれまで、何か問題が起きたり企業間競争が秩序を失ってからいきなり後出しで規制をかけることが多く、それが業界ひいては世界の混乱や失速を招いてきた。仮想通貨の全面禁止はその典型例だ。有望技術のメタバースはテンセントを筆頭に多くのテック企業が投資を続けているものの、政府が規制の方向性を明確にしないため、ビジネスは停滞している。

   つまり、大規模言語モデルを用いた生成AIへの関心が急速に高まってから数か月も経たないうちに規制案が公表されたことは、政府が同技術を活用した産業の成長を支援したいと強く考えていると見ることもできる。

   中国内でビジネスを行ってきた企業にとっては規制の内容は完全に想定内であるし、各社がサービスを本格化する前に規制の方向性が出されたことは、開発企業にとっては明確な線引きが与えられたという意味で、安心材料となるはずだ。

浦上早苗
経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員。福岡市出身。近著に「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。「中国」は大きすぎて、何をどう切り取っても「一面しか書いてない」と言われますが、そもそも一人で全俯瞰できる代物ではないのは重々承知の上で、中国と接点のある人たちが「ああ、分かる」と共感できるような「一面」「一片」を集めるよう心がけています。
Twitter:https://twitter.com/sanadi37