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「サッド ヴァケイション」
浅野忠信の「母親役」石田えりが素晴らしい

   青山真治は物書きとしても一流だ。映画「ユリイカ」で注目されたが、そのノベライゼーションで三島由紀夫賞を受賞している。この「サッド ヴァケイション」は先ずシナリオが上がり、小説にした後に映画化している。だから細部に亘り推敲されて齟齬が無く、ストーリーは省略が多い割には一貫してテーマを追う。新潮社版の小説も読み応えはあるが、映画はそれ以上にインパクトがある。やはり青山は小説家ではなく映画監督だ。

(C)間宮運送組合2007
(C)間宮運送組合2007

   密航者の手引きや運転代行など荒れた生活をしている健次(浅野忠信)だが、その性格は優しい。「どげんすっとかや、こいつ」「連れて帰ろうかち思っとんやけど」門司出身の青山監督は北九州弁で総てのセリフを書いている。密航中に父親が死んだ中国人の孤児アチュンを引き取り、死んだ親友の妹で知的障害者のユリ(辻香緒理)を養っている。

   ある日代行で間宮運送社長(中村嘉葎雄)を送った際、思いがけず間宮の妻に納まっている生母の千代子(石田えり)を見かける。健次は千代子の前に姿を見せる。千代子は健次を喜んで迎え入れ、運送会社を手伝わせる。間宮は面倒見の良い男で、健次を暖かく受け入れたばかりか、出来の悪い実子の代わりに跡取りとして見始める。

   しかし健次は心の奥底に秘めた人生の目標がある。5歳の自分を捨て、そのために自殺した父親の仇を討つことだ。「俺と親父を捨てた色ボケババアじゃ」。24年目にしてその母を見つけた。恋人の冴子(板谷由香)にそのことを匂わせる。

   登場人物それぞれにドラマがあり、それぞれのエピソードを興味深く紹介する。異母兄妹、異父兄弟。入り組んだ人間関係。仮面の下に素顔を隠して、複雑なストーリーは互いに関係しあいながら進行する。2時間を越える映画はドンデンを含めてダイナミックな展開を遂げる。

   出演者が豪華。「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」で注目のオダギリ・ジョーなども間宮運輸でヤクザから隠れる脇役だが光っている。怨念を秘めた浅野はいつものアンニュイ男の魅力を発揮する。母親役の石田えりが素晴らしい。現実を何でも受け入れ飲み込む心の広い母性を発散して映画の中心軸を占める。「一番大事なんはこれから生まれて来るもんですち」お釈迦さまの手のひらから逃れられない孫悟空のような健次。

   残念なのは、原作にはあった健次が海岸で見る蠢くカブトガニが欠落していること。これは彼の心理描写として入れて欲しかった。しかし最近の邦画では出色の映画だ。