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大震災から9か月―わかってきた巨大防潮堤が津波被害拡大

   「振り返る2011年」と題し、第1回目として9か月たった東日本大震災被災地の今を取り上げた岩手県宮古市田老地区は地元で「万里の長城」と呼ばれていた高さ10メートルの巨大な防潮堤があった。ところが、この防潮堤が逆に被害を大きくしたという。

安心していた住民に逃げ遅れ

   田老地区の防潮堤は第1と第2の2つあったが、破壊されたのは第2防潮堤北側の500メートル。なぜ局部的に破壊されたのか。東北大大学院工学研究科の今村文彦教授は次のように分析する。

   第1防潮堤に当たった津波が跳ね返って第2防潮堤に向かい、そこへ別の方向から来た津波が合わさってエネルギーが増大し破壊につながったと見る。破壊箇所を乗り越えてきた津波が1分足らずで街に押し寄せた。被害を拡大したのは巨大な防潮堤が町を守ってくれるという安心感。防潮堤に対する過信があって逃げ遅れたのではないかという。加えて、津波を知らせる防災無線が停電で使えなくなり、停電で避難を呼びかけるサイレンが鳴ったのは1回だけだった。

   入り組んで細長い宮城県の気仙沼湾を襲ったのは津波と火災。帯状の湾内で勢いを増した津波が22基の石油タンクを破壊し、油が湾内に流出。流れ出た油が浮いていた木材と混ざり引火して湾全体が火の海になった。

   想定外の津波の速さで、岩手県の中で最も被害が多かったのが陸前高田市。比較的平地が多く最初はゆっくり入ってきた津波だったが、急に速度を上げた。津波がゆっくりなので避難するのを控えていた住民は、津波が防潮堤を超えてから慌てて避難行動に移ったが遅かった。

新たな高防潮堤計画に地元の反対

   巨大津波に虚を突かれ、被害を大きくした点が共通しているが、今後の防災対策、復興の現状はどうか。気仙沼湾を囲むような新たな防潮堤の建設計画が進んでいるというが、この計画に地元で反対意見が噴出している。気仙沼湾は美しい景観で年間200万人の観光客が訪れる。貴重な収入源だが、湾を取り囲むように高さ5メートルから7・2メートルの防潮堤が完成すると海はまったく見えなくなる。

   宮城県は今後住民への説明会を開くことにしているが、安全か景観かで議論が分かれている。コラムニストの勝谷誠彦が吠えた。

「誰でもニコニコ笑える復興はないですよ。ある意味で主権の制限も必要だと思う。そこで、いま憎まれても100年後に評価される政治家の出番がくる。
もう一つ不思議なのは、なぜまだ防潮堤なのか。高い津波が来てさらに高くする。物をつくる前にちょっと考えたらどうか」

   政府は震災発生当初から復興は被災地任せ。100年後に評価されるなら憎まれてもいいという政治家と探すのが一番難しそうである。