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水銀規制「水俣条約」あの悲劇防げるか?生産・使用制限緩く、住民の健康管理も奨励レベル

   「ミナマタ」は世界語になっている。恐るべき水銀の毒性を知らしめた忌まわしい名前だ。その名前を冠した「水銀に関する水俣条約」が先月(2013年10月)、熊本で採択された。2度と悲劇を起こすまいとの願いから、日本が主導した脱水銀の国際条約である。だが、その実効性となると、見通しは決して明るくない。

世界最大の排出国・中国から風に乗って日本汚染

   ブラジル北部のアマゾン川流域には小規模な金の採掘業者がいる。水銀を塗った板の上に土砂を流すと金と水銀の化合物ができる。これをバーナーで熱すると水銀が気化して金だけを取り出せる。しかし、気化水銀は大気を汚染し、余った水銀は川へ流され、微生物→有機水銀に変化→魚に濃縮→魚を食べた人間に蓄積という水俣病の仕組みが進行中だ。

   流域住民に魚は欠かせない食材なのは水俣の漁民と同じである。ブラジル保健省が2012年に行った調査で、血液中の水銀濃度が最高で232ppbと出た。WHOが「水俣病症状が出る恐れ」とする基準200ppbを上回る。3人に1人が医師の診察が必要とする濃度だった。水俣病は有機水銀の蓄積で神経を侵される病気だ。住民はいま「子どもや孫の体が心配」と怯える。

   水銀は揮発性が強く大気や水に広がりやすい。一方、電気をよく通し合金も作りやすく、電池、蛍光灯、体温計・血圧計など幅広く使われてきた。 日本では1960年代のピーク時は年間2000トン超が使われていたが、リサイクルが進み、水銀を使わない技術も開発されていまは10トン程度と激減した。

   しかし、水銀汚染はいまや世界規模で飛んでくる。志賀県立大の永淵修教授が6年前から乗鞍岳で行っている大気中の汚染物質の観測で、去年10月上旬(2012年)、水銀濃度がひと晩で5倍になった。北西からの強い風に乗ってきた中国の汚染だった。中国は世界最大の水銀排出国である。主な排出源は火力発電所から一般家庭の暖房にいたる石炭だ。石炭には微量の水銀が含まれ、燃やすと排出される。それが気流に乗って地球全体を回る。PM2.5だけではなかったわけだ。

処分場少ない日本…不法投棄でゴミ焼却炉から高濃度水銀

   「水俣条約」は水銀の生産、使用、貿易、処分までを規制する。ただ、規制は緩い。金の採掘は禁止されない。住民の健康管理は「奨励」だ。新規開発は禁止だが、既存鉱山の生産は条約発効から15年可能となっている。多くの国に参加を呼びかけるためで、140の国が参加した。

   条約の発効は早ければ3年後。日本が求められるのはリーダーシップと輸出の削減、安全管理だ。日本も足元が問われている。なにしろ有数の輸出国なのだ。電池や蛍光灯から水銀を取り出すリサイクルは自治体・事業者が費用を払う。リサイクル工場は大半を輸出して、その売り上げで処理費を低くしている。その結果、近年の輸出量は増えていた。条約でこれが規制されると、新たな問題が生じる。処理費用が高くなると不法投棄の増加が懸念される。平成22年7月、都内の5つのゴミ焼却炉で排ガス中の水銀濃度が異常に高くなった。以後も断続的に続き、都は「偶然ではない。意図的、計画的に何者かが水銀をゴミに混ぜた」という。

   処分も難物だ。アメリカはネバダ砂漠の軍の倉庫に5000トン以上を保管する。ドイツでは地下800メートルの施設に永久封じ込めだ。しかし、人口が密集する日本では場所の確保は容易ではない。

   いま環境省が注目しているのが京都大学の研究だ。特殊装置で液体水銀を毒性の低い粉末の硫化水銀に変える。これだと、水銀含有を監視できる管理型処分場に持ち込める可能性がある。環境省は「一番有力な処分方法だ。3年後にはルールも作る」という。

   はたしてすんなりといくのだろうか。お隣中国のPM2.5のスモッグを思い浮べただけでも、「犠牲者が出ないと、いや、ことによると出てもわからないのではないか」と、いささか悲観的になる。

ヤンヤン

NHKクローズアップ現代(2013年11月7日放送「動きだした水銀規制~水俣の教訓をどう生かす~」)