フィリピンのドゥテルテ大統領は安倍首相との会談で経済支援を決め、過激な発言は控え目だった。ミンダナオ島のダバオ市長としての20年間の実績が治安の回復だ。大統領選挙では麻薬戦争を打ち出した。「犯罪者に人権なんかない」「麻薬を使うバカな奴はぶっ殺してやる」という過激な発言を、中毒患者400万人と言われるフィリピンの現実が後押しした。
大統領就任後は警察力をフルに動かした。容疑者が抵抗すれば射殺も辞さない。これまでに1700人の密売人や中毒者が殺されたという。一方で、パトカーが「自首しなさい」と呼びかける。「殺されるよりは自首がいい」と、全国で自首が相次いだ。その数75万人。留置場は人で溢れる。
麻薬捜査の警察官は、取り締まりの決め手のひとつが報奨金だという。ランクがあって、末端の売人は1人7万円。これは警察官の月給に相当する。大物だと100万円、元締めだと200万円だ。報奨金は殺害しても出る。
無実と思われる人が射殺されるケースがあとを絶たない。41歳の息子を殺された母親は、「大統領の呼びかけに応じて、覚せい剤をやめて更生セミナーに出ていたのに、警察が来て寝ていた息子を撃った」という。国家警察は「不当な殺人はしていない。証拠を見せろ」の一点張りだ。
こうした事態に、アメリカの人権団体などが動き、オバマ大統領が「法律を守り国際的な規範を守るべきだ」と批判すると、ドゥテルテ節が炸裂した。「オバマのくそったれ」「地獄へ落ちろ」
ドゥテルテ大統領は中国とは南シナ海の領有権問題を棚上げして、2兆5000億円の援助を引き出した。日本とは「日本の側に立つ」として、巡視船や50億円の農業支援を決めた。「外国訪問は経済のためだ」とはっきりしている。変わらないのが対米嫌悪だ。
会見で植民地時代にアメリカ兵がフィリピン人を大量に殺害した写真を示して、「どっちが問題か」と言って外国人記者を驚かした。先の訪中では「アメリカと決別する」といい、日本でも「アメリカはバカだ」「在フィリピン米軍は2年以内に撤退させる」と言い放った。
長年の側近で大統領府次官のメルチョル氏は、ダバオ市長時代のエピソードを明かした。2002年にミンダナオで行われたイスラム過激派の掃討作戦に米軍が介入。ホテルを爆破したアメリカ人の身柄を米軍が押さえ、フィリピンでの裁判をできなくした。ドゥテルテ氏は激怒し、以来、アメリカへの不信感が消えないという。「彼の意図は、アメリカ人に現実を突きつけ、ショックを与えること。われわれは色の浅黒い子分じゃない。われわれは自立できると示すこと」。中国接近もアメリカへの強いメッセージなのだという。
ドゥテルテ大統領はNHKのインタビューにこう答えた。「国際社会の批判は勝手だが、麻薬患者400万人は想像を絶する。他に解決の方法はあるか」「アメリカが嫌いなわけじゃない。自分の国が好きなだけ」「新大統領として、まだ準備ができていない。中国との領有権問題もこれからしっかり勉強する」
NHKマニラ支局の姫野敬司支局長は「外交・安全保障を十分に分かっていないのではないでしょうか」と指摘する。ドゥテルテ大統領の性向を東京大学大学院の藤原帰一教授は「民主主義の落とし穴」と言った。選挙で選ばれたんだから何をやってもいいという考えは、結果的に自分の首を絞め、政治不信を招く恐れがあるというわけだ。また、外に向かっては、フィリピン単独でどこまで中国と向き合えるかと懸念する。