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「政府は廃止も検討していた!」学術会議の6人はなぜ「任命拒否」されたのか?政府VS学術会議の攻防の歴史70年を当事者が証言、深層に迫る

   日本学術会議の会員推薦名簿にあった学者6人が政府から任命されない問題で、9月まで会長だった山極寿一さん(前京都大学総長)が証言した。105人の推薦者中6人が任命されないという内示を初めて聞いたのは、会長任期切れ2日前の9月28日(2020年)で、「大変驚いた。かつてなかったこと」だったという。

   その理由を政府はまだ説明していない。菅義偉首相は「人事に関することで、答えは差し控える。多様性が大事だと念頭に置いて任命権者として判断した」としているが、6人には安保関連法や共謀罪の新設に反対したことが共通する。反対意見もきちんと聞くという形の「多様性」とは真逆の行動ともとれる首相の一方的な姿が浮かび上がった。歴代会長や関係者に取材すると、そこには長年にわたる政府と学術会議の攻防があった。

  • 日本学術会議はどうなる?(NHK公式サイトより)
    日本学術会議はどうなる?(NHK公式サイトより)
  • 日本学術会議はどうなる?(NHK公式サイトより)

米原潜の日本寄港に反対声明を出したこともあった

   学術会議は、戦時中に科学者が戦争に関与したことへの反省から、政府機関でありながら独立した存在として1949年に設立された。日本を代表する学者たちが政策提言を行い、今年も68の提言と15の報告書を出した。

   1954年には、原子力の研究利用を平和目的に限るという「原子力三原則」の声明を発表した。米国原子力潜水艦の日本寄港に反対声明を出したこともある。元会員の増田善信氏(97)は「のどの奥に刺さったトゲのような思いを政府は持っていただろう」と推察する。

   会員は全国の科学者による選挙で選ばれていたが、80年代には政府内部から「組織票で偏りがある」といった批判が出始めた。選出方法が「各学会が推薦した学者を首相が任命する」と改められたものの、当時の中曽根康弘首相は「形式的任命で、学問の自由独立はあくまでも保証される」と言い切った。以後も推薦名簿通りの任命が維持された。90年代後半の行政改革は学術会議も対象にした。「政府内では廃止も検討した」(行革担当官僚だった有本建男氏)という。2004年の法改正で選考委員会が推薦する候補者を総理大臣が任命する今の制度に変わったが、この時も「任命拒否」は行われなかった。

   政府との溝が表面化したのは5年前ごろからだ。防衛省が装備品開発で大学などの研究に資金提供を開始したのに対して、学術会議は「政府による研究介入は著しく問題が多い」との声明を出した。当時防衛相だった中谷元氏は「防衛研究は慎重にとか、学問の自由を奪っているのは学術会議の方じゃないかという気がする」と語る。

黒幕・杉田官房副長官の「お気に召さない人選だった?」

   学術会議会長だった大西隆氏は「(戦争放棄の)憲法9条は重要テーマで、日本の大学において審査基準を設けるのはおかしなことではない」と反論する。大西氏によると、2016年から会員選出の途中段階でも1回、政府から説明を求められるようになった。省庁の幹部人事に首相官邸が事前相談・報告を求め始めた時期だ。

   2年前、会員の欠員を補充しようとした当時の山極会長の耳に「候補者が内閣のお気に召さない」との噂が入ってきた。「別の人にと、どうやら言っているというのです。誰の意向が問い合わせると、杉田和博官房副長官の名を告げられた」という。杉田氏といえば、警察官僚出身で安倍内閣以来、官邸の中でも各省庁幹部人事を握る超実力者ともいわれる人物だ。

   山極氏は「何度も面会を申し入れましたが、来る必要はないということでした」「私から官邸に出向くとも言いましたが、『(会わない)理由を言う必要もない』との返答ばかりでした」と話す。何も語らず門前払いの体質は、菅政権自体の体質でもあるのだろうか。結局、欠員補充はできなかった。

   このころ内閣府で作成された文書には「総理大臣に会議の推薦通り任命すべき義務があるとは言えない」とある。さらに今月(2020年10月)、自民党は学術会議のあり方を検討する作業チームを立ち上げた。

   6人が今回任命されなかったことについて、受け止め方をNHKが学術会議会員にアンケートしたところ、「違法行為で、学問の自由を侵害している」「首相は理由を説明するべきだ」との声が多く出た。NHK科学文化部の絹田峻記者は「学術会議はあくまで理由の説明を求める方針だ」という。

任命されなかった学者に対する誹謗中傷がネットで拡散

   任命拒否と学術会議のあり方の議論は別の問題であり「論点のすり替え」との指摘もある。政治部官邸キャップの長内一郎記者は「人事だから説明できないという菅首相の言葉がわかりにくいことは否めない。人事より先に学術会議のあり方を見直す方針を示す方が理解を得られたと思う」と見る。

   任命されなかった1人、松宮孝明・立命館大学大学院教授には、この問題が表面化したころからSNSに中国が世界の科学者を集める「千人計画」に協力するなといったメッセージがしきりに届き始めた。「千人計画なんて身に覚えがない。デマを信じた人がかわるがわる書き込むのは怖いことです」

   誹謗中傷は、指導を受ける学生にまで及ぶ恐れもあり、研究費の削減などを恐れての学問の萎縮や自主規制・政府や政治家の意向忖度(そんたく)も懸念される。政府が任命拒否を打ち出した段階から、すでに大きな影響が広がりつつある。

NHKクローズアップ現代+(2020年10月29日放送「学術会議をめぐり何が?」)