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急ピッチで進む「脱ハンコ」。国や自治体で無駄な手続きを見直し、電子化の動きが加速するが、企業に「ハンコ文化」が根強く残るのはなぜか。そこには理由があった。

   さまざまな手続きを押印しないですませる脱ハンコ化が急ピッチで進んでいる。政府や自治体が行政からハンコをやめる方向を打ち出し、押印作業の電子化を始めた企業もある。ハンコレスへの課題は何か。

   国に先駆けてハンコの省略に踏み切った福岡市役所では、固定資産税の申告書からショートステイの申請書まで4000種の書類を押印しないですませている。目的は「行政の無駄をなくすこと」で、窓口業務の効率化を掲げる。並行して電子化を進め、すでに200以上の手続きをパソコン、スマホでできるようにした。これで数千時間を削減できるという。

  • ハンコ文化はなくなるか(番組公式サイトより)
    ハンコ文化はなくなるか(番組公式サイトより)
  • ハンコ文化はなくなるか(番組公式サイトより)

サントリーは電子化で年間6万時間、3000万円の経費削減

   たとえば高齢者用無料バス券の申請は1件に10分から30分かかっていたのが、クリックだけで可能だ。高島宗一郎市長は「押印には習慣や慣れがあった。実印が必要なもの以外は(ハンコレスで)安全性が低下するわけではありません」と話す。不動産登記や相続税の申告書など本人証明と印鑑登録が必要な書類は今も実印を求める一方で、転出入や児童手当などの書類に押す認め印はなくした。

   サントリーは6月(2020年)から押印を電子化させた。年間6万時間、3000万円の経費削減を見込む。総務部の文野潤也課長は、以前は週5日、午前と午後の2時間ずつを捺印作業にあてていたが今ではハンコを一切使わない。クリックで処理していくのが「だんぜん楽です」という。

   しかし、それは社内でのこと。取引先との契約はそうはいかない。文野さんは今でも週2回はリモートワークでなく、ハンコを押すために出勤する。取引相手はまだ書面による契約がほとんどだからだ。

   ハンコなしの電子契約は、パソコンを通じてクラウド上に契約書を上げ、契約内容を暗号化してセキュリティーを保ちつつ取引先と合意したらクラウド管理会社が第三者として立ち合って成立する。サントリーはいま、取引先に協力を求めているところだ。

   内閣府の脱ハンコ検討会に参加した渡部友一郎弁護士は「今でも膨大な法律が押印を求めています。政府は一つの法律で押印廃止を検討しています」と話す。行政手続きの99%以上で脱ハンコの検討に入ってもいる。

   脱ハンコは手段であって目的ではないと、慶応大学の宮田裕章教授はいう。「ハンコを押すためだけに出社するといったことをなくし、家庭生活と両立して働く、新しいデザインの中で脱ハンコを位置づける必要があります」

   日本に来てハンコを知ったというタレントでIT企業役員の厚切りジェイソンさんは「ハンコをなくして終わりではなく、なくすことでどう効率がよくなったかを考えないといけないのではないか」という。

老舗企業「押印は何重にも確認をとるのがいいところ」

   三重県津市に本社がある創業120年の食品メーカー井村屋では、管理職になると専用のハンコが手渡される。そのハンコを担当課長が必要な相手に一つずつもらって回る。中には社長や会長まで12のハンコがいる書類もある。執行役員の岡田孝平さんは「バーチャルでは確認しづらいこともある。何重にも確認をとるのがいいところで、しっかり確認をとれたなという思いはある。ハンコをゼロにするのは難しい」と話す。意思決定を慎重にするほかにも、ハンコを介して「面と向かって話をする機会ができる」と、コミュニケーションが円滑になる効果もあるそうだ。

   渡部弁護士は「意思決定をする責任者と、アドバイスだけをする立場の人が日本企業ではこんがらがっていて、書類に関係者全員のハンコを押す。ここは見直さないといけません」と指摘。ただし、脱ハンコの課題としてデジタルに慣れないお年寄りを見落とさないことや、セキュリティー上の安心安全性を確保することの2点をあげる。

   宮田教授は「先進国中最低とも言われる日本の労働生産性をどう高めるか、意思決定の質を高めながらハンコに代わるプロセスを作ることが重要」と強調しながら、同時に「結婚届けとか人生の道しるべとしてハンコ文化を楽しむことはありかもしれない。大事なのは脱ハンコによってライフスタイルをどう解放するか、今までの文化と矛盾することではない」と脱ハンコへの理解を求めた。

NHKクローズアップ現代+(2020年11月05日放送「どうなる? ハンコ社会ニッポン」)