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山里亮太、憲法を考える(4) 日本の死刑制度の矛盾

憲法学者の戸松秀典氏(左)と、J-CASTニュース名誉編集長の山里亮太
憲法学者の戸松秀典氏(左)と、J-CASTニュース名誉編集長の山里亮太

   これまで第9条の自衛隊のあり方、代用監獄の実情、AIと人権といったテーマで憲法を考えてきた、J-CASTニュース名誉編集長の山里亮太。

   今回は最終回、テーマは日本の死刑制度についてです。

   お話を聞くのは、憲法学者の戸松秀典先生です。

   今回は記事の最後にワンクリック投票もあるので、参加してみてください。

第3回 山里亮太、憲法を考える(3) AIに選別される日
第2回 山里亮太、憲法を考える(2) もしも「冤罪」で捕まったら...?
第1回 山里亮太、憲法を考える 第9条と総裁選の行方

8割賛成から8割「反対」へ

戸松: 日本は死刑制度について、日ごろは、さほど議論されていないですよね。

山里: そうですね。実際そういうことが起こると、報道なりで是非が問われる感じですね。

戸松: 私は学生に教えていた時、必ずこの死刑制度をテーマとして取り上げることにしていました。ゼミの学生20人くらいに、最初にアンケートを採ると、毎回8割16人くらいが死刑存続に賛成なのです。そこで彼ら自身に数回議論してもらう。私は議論には介入しません。
すると最終的には、8割が反対になります。つまり、死刑制度の存続と反対が逆転するのです。

山里: そんなにですか。

戸松: 私は、日本の国民は死刑制度について議論をしてないからいけないと思うのです。
アジアの国の多くが死刑制度を廃止しています。ヨーロッパ、EUでは廃止です。これに対して、先進国と言われている日本では、いまだ死刑制度が存続しています。
個人的には、とても奇妙なことだと思っています。
2018年7月、オウム真理教の一連の事件に関与した13人の死刑囚の死刑が執行された際、ヨーロッパのマスコミが「野蛮な国」と報道しました。東アジアで死刑を行う国は、中国と北朝鮮、そして日本だ、と。こういう報道がヨーロッパではありましたけど、日本では野蛮という報道は何もなかったですよね。

山里: 2回目の冤罪事件の話にもつながりますが、ひょっとしたら冤罪で、無実の人が死刑判決を受ける可能性もありますね。

戸松: 冤罪で人を死刑にしたら取り返しがつきません。人の生命っていうのは、一番大切ですから。
憲法第36条には、「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」とあります。"絶対"という言葉を使っているのは、この条文だけです。
人の命は大切。だから人を殺してはいけない――。この方針から刑法199条に殺人罪という罪を設けています。そのように国が人を殺してはいけないという法律を作っておきながら、その国自体で死刑によって人を殺めるというのは、矛盾しています。

山里: これはどういう風に解釈して、現行の死刑制度ができているんですか。

最高裁は死刑制度にどう判決を出したか

戸松: 判例が出ているのでそちらで説明しましょう。「死刑制度合憲判決事件」といって、日本における死刑制度の存在は違憲であるか否か、最高裁判所大法廷で争われた刑事裁判です。

(編注:「死刑制度合憲判決事件」とは...犯行時19歳の広島に住む少年は、同居家族の母親と妹に邪険に扱われ、食事もまともに与えてもらえていなかった。昭和21年9月16日の晩、夕食に何も残してもらえず空腹だったため、2人に殺意を抱き、頭をハンマーで殴打して殺害、さらに古井戸に遺体を遺棄した。
第一審・広島地方裁判所では無期懲役判決だったが、控訴審・広島高等裁判所では、検察側控訴が受け入れられ、第一審判決破棄・死刑判決が言い渡された。
最高裁に上告した被告人・弁護人側が、その上告理由として「死刑は最も残虐な刑罰であるから、日本国憲法第36条によって禁じられている公務員による拷問や残虐刑の禁止に抵触している。そもそも『残虐な殺人』と『人道的な殺人』とが存在するというのであれば、かえって生命の尊厳を損ねる。時代に依存した相対的基準を導入して『残虐』を語るべきではない」と主張し、死刑の適用は違憲違法なものであるとした。そのため、死刑制度の憲法判断が行われることになった。
 <昭和23年3月12日、最高裁大法廷判決、昭和22(れ)119、刑集第2巻3号191頁/控訴審:昭和22年8月25日、広島高等裁判所/原審:広島地方裁判所>)

戸松: この時最高裁判所はどんな判決を出したかというと、現在の死刑執行の仕方は絞首刑であって、たとえば、火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでとか、そういうやり方じゃない。だから残虐ではないとの結論でした。この判決があって、これがそのまま今でも維持されているのです。これは、昭和23年の判決です。

山里: そこからずっと?

戸松: そう。この判決では、「生命は尊貴である。一人の生命は全地球より重い」とか、「死刑は刑罰のうちでもっとも冷酷な刑罰である」とか、素晴らしいことを言っているのだけれども、そういうことを色々ならべた最後に、「死刑の現在の執行の仕方は残虐ともいえない。だから憲法違反ではない」と結論を出したのです。
こういうむちゃくちゃと思える議論もあるのです。

山里: なぜ「おかしい」とならないんですか?

戸松: それは結局、日本国民全員の考え方でしょうね。その"全員"の中に私も含まれるかもしれませんが。
こうやって考えていくとね、日本ってひどい国だなぁって思える一面もあるのです。でもちょっとまわりを見ると、ノーベル賞受賞者もいるし、科学技術はすごいし、新幹線は素晴らしいし......と、なんかいいことばっかり言っている。それに飢えて死ぬ人もそんなにいないし、ホームレスの人も、なんだかんだとちゃんと食べつないでいる。

山里: でも最近、そういう"何となく"で過ごせていた時代にほころびが出始めているというか。

戸松: その気づきは、いいセンスだと思います。「なんかおかしい」という社会のほころびは、憲法の作る法秩序に制度が合ってないことだと思います。そのほころびをね、政治家になる人が心得て、いい政党を作って、法律を作って制度をどんどん改革する、これに期待ですね。

(終わり)




プロフィール

戸松 秀典(とまつ・ひでのり)
憲法学者。学習院大学名誉教授。
1976年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。新・旧司法試験委員、最高裁判所一般規則制定諮問委員会委員、下級裁判所裁判官指名諮問委員会委員、法制審議会委員等を歴任。