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芸能人の「政治発言」と、政治家の「インフルエンサー化」の功罪【歳末ネットメディア時評】

   これまで政治的発言をしてこなかった芸能人が、ハッシュタグなどを付けて、自らの立場を表明することが増えてきた。反対に、政治家が「おカタい」イメージを脱ぎ捨てて、インフルエンサーのようにふるまうケースも。2020年のネットと政治を振り返ってみよう。

  • 永田町は近くなったのか
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「#検察庁法改正案に反対します」が転機に

   政治とSNSを考えるうえで、ターニングポイントになったのは5月だった。国家公務員法改正案の国会審議にともない、ハッシュタグ「#検察庁法改正案に反対します」が拡散された。国家公務員の定年延長とともに、検察官などのそれも引き上げる内容だったが、安倍晋三政権が1月、東京高等検察庁・黒川弘務検事長(いずれも当時)の定年延長を閣議決定したことや、新型コロナウイルス対策が進まない中とあって、大きな反感を買っていた。

   ハッシュタグは大きく広がり、2020年のツイッターの投稿データを分析した「#Twitterトレンド大賞」でも、「コロナ(新型コロナ)」に続いて2位にランクインしたほど。きゃりーぱみゅぱみゅさん(のちに削除)や「いきものがかり」水野良樹さんをはじめ、幅広い業界から有名人も声をあげた。最終的には同国会での法案成立は見送られ、黒川氏も「賭けマージャン問題」で検事長を辞任した。

   長期安定政権の「肝いり案件」だと思われた法改正が、SNSでの発言で一変する――。一連の経緯に背中を押された人々も多かったのだろう。同じく5月には、柴咲コウさんが種苗法改正案についてツイート。6月には、二階堂ふみさんが動物愛護法改正を受けて検討されている、ペット繁殖の「数値規制案」に対して、インスタグラムで言及するなど、有名人の政治的発言は珍しくなくなった。

   一方でこういった政治的・社会的なテーマに関して、根拠不明な情報を伝えたと、非難された有名人も。市川海老蔵さんは2月、医療従事者や知人からの伝聞として、新型コロナウイルスの対処方法をブログに投稿(のちに削除)し、医療関係者らから科学的根拠がないと指摘された。5月には作家でタレントの室井佑月さんが、民間の商品である「日の丸マスク」について、政府批判の文脈でツイート(のちに謝罪)し、こちらも大きな批判を浴びた。

「自然体」か「背伸び」か、政治家のソーシャル活用

   政治家が近く感じられる、フランクな投稿も増えた。河野太郎衆院議員のツイッターは、行政改革担当相になってから、ますますスピード感を増している。筆者は昨年6月、河野外務相(当時)がツイッターで受けるポイントは「意外さ」「即レス」「いじられ力」にあると指摘した。その後、防衛相を経て、菅義偉政権になっても「ハンコ廃止」のように、時にはリトマス試験紙、はたまた既成事実をつくるため......と、行政改革のツールとして活用しつづけている。

   河野氏のデジタル対応が「自然体」に見えるのに対して、その親分には「背伸び」が指摘された。菅首相のニコニコ生放送での「こんにちは、ガースーです」発言(12月11日)は、ネットでの愛称に「乗っかった」形だったが、GoToトラベルなどをめぐる議論が過熱する中だけに、不評を買った。

   ネット文脈を踏まえていないと思われた点も、火に油を注いだ要因だろう。経緯をさかのぼる限り、元ネタは「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」などを手がけた日本テレビの元プロデューサー・菅賢治氏だ。かつて菅氏は「絶対に笑ってはいけない」シリーズなどに、たびたび「ガースー」と呼ばれて登場していたが、そこには「ザギンでシースー(銀座で寿司)」といった逆さ言葉を使いそうな「業界人たる菅P」という、ある種の蔑称かつ自虐ネタが背景にあったと思われる。そこまで理解して......とまで言うのは酷だが、ガキ使の「ガースー」とは違うアクセントからも、どこか「内なる部分から出た言葉」と思えなかった視聴者は少なくないはずだ。

   前任・安倍晋三氏による、うちで踊ろう(星野源さんの楽曲)の「勝手コラボ」動画が受け入れられなかったのも、同様の違和感からだろう。くしくも約50年前、大叔父にあたる佐藤栄作元首相は、新聞記者を排し、テレビカメラの前で退陣会見を行った。ここから、いわゆる「テレポリティクス」が進み、00年代の小泉純一郎政権時代にピークを迎える。その後継が安倍氏(第1次政権)だったが、民主党政権を経て、わずか十数年で環境は大きく変化した。霞ヶ関の「デジタル化」は進みつつあるが、永田町のそれも、喫緊の課題だろう。

官庁が「名指し」で反論する時代に

   官庁みずからが「名指し」で、マスメディアの報道に反応する事例も増えた。新型コロナウイルスをめぐっては、厚生労働省や内閣官房といったツイッターアカウントが「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)などの報道について、反論コメントを投稿した。

   反論の場にする官庁があれば、PRの手段とするところも。農林水産省の「BUZZ MAFF(ばずまふ)」は、若手職員をYouTuberとして起用し、ほぼ毎日更新されている。コロナ禍以前から投稿はあったが、学校の一斉休校やイベント自粛などで、花卉(かき)類や牛乳などの需要が減った春以降、その「シュールさ」でより話題に。J-CASTニュースも3月、農水省大臣官房広報評価課広報室に取材し、その人気の背景を探っている。

   懐事情を解消するため、ウェブでの収益化を目指す省庁もあった。気象庁は9月、公式サイトに「運用型広告」と呼ばれる、訪問者によって出る広告が変わる仕組みを導入した。発表直後から「いかに不適切な広告をフィルタリングするか」と心配されていたが、導入から1日足らずで掲載停止。その予想は的中してしまう。21年1月にも再開予定だが、不安の声は絶えない。

   芸能人にせよ、政治家にせよ、お役所にせよ、影響力ある立場からの発言は、情報にある程度の「お墨付き」を与えてしまう。しかし、なかには勘違いや思い込み、願望などによるバイアスが含まれていることもありうる。「誰それが言ってるから」と鵜のみにしない心構えが、いままで以上に求められているのだろう。

(J-CASTニュース副編集長 城戸譲)

【J-CASTネットメディア時評】
いまインターネットでは、なにが起きているのか。直近の出来事や、話題になった記事を、ネットメディアの「中の人」が論評します。

城戸譲 J-CASTニュース副編集長
1988年、東京生まれ。大学でジャーナリズムを学び、2013年ジェイ・キャスト新卒入社。Jタウンネット編集長などを経て、18年10月より現職。「ニュースをもっと身近に」をモットーに、政治経済からエンタメ、生活情報、炎上ネタまで、真面目とオモシロの両面で日々アンテナを張っている。ラジオとインターネットが大好き。(Twitter:@zurukid