読むべき本、見逃していない?

「隊長失格・・・部下を死なせてしまった」

  • 書名 告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実
  • 監修・編集・著者名旗手啓介 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年1月17日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数B6判・392ページ
  • ISBN9784062205191

 1993年5月4日、カンボジアで日本の警察官、岡山県警の高田晴行警部補(当時33歳)が何者かに襲撃され、死亡した。高田さんは前年に成立した国際平和協力法(PKO協力法)に基づいて文民警察官として現地に派遣されていた。

 国連平和維持活動に参加していた高田さんはなぜ襲われたのか。現地は停戦に合意していたのではなかったか。封印されていた様々な新事実にNHKスペシャル取材班が迫り、2016年に放送された特番は多くの賞を受賞した。

危険地域に放り込まれていた

 本書『告白――あるPKO隊員の死・23年目の真実』(講談社刊)は取材班の中心メンバーだったNHK大阪放送局ディレクターの旗手啓介(はたて・けいすけ)さんが番組をもとに新たに書き下ろし、2018年1月に出版したものだ。

 この事件は当時、大々的に取り上げられたが、真相は余り明らかにされず、最近ではすっかり忘れ去られた形になっていた。旗手さんたちの取材班が再取材することになったのは15年8月、当時の文民警察隊の隊長、山崎裕人さんから資料を託されたのがきっかけだ。その中には山崎さんの手記や、政府、国連への報告などもあった。

 取材班はまず当時の同僚にコンタクトを取った。文民警察隊は75人。その3分2はまだ警察の現職で取材が難しかったが、退職者を中心に22人から話が聞けた。中には山崎さんと同じように克明なメモを残していた人もいた。家庭用のビデオで50時間を超える映像を撮っていた人もいた。「墓場まで持っていく」つもりだった多数の証言や記録が取材班のもとに集まった。

 長い内戦が続いていたカンボジアは1991年、和平協定で停戦に合意し、国連主導で民主国家建設に向けて動き出していた。しかし実際に現地に着いてみると、まだポル・ポト派の抵抗が根強かった。文民警察隊の任務はカンボジアの警察をサポートし、秩序回復に貢献するはずだったが、想像以上に治安は悪かった。

 そもそも「現地警察」といってもプノンペン政府と、それに対抗する反政府3派がそれぞれ「警察」を有し、反目しあっていた。昼間から酔った警察官が、ちょっとしたことで自動式拳銃をぶっ放して通りがかった女性を射殺する。あるいは牛車がぶつかったといって兵士が男の頭を撃ち抜く。血なまぐさい無法行為が文民警察官の目の前で起きていた。地元の人は慣れっこで誰も驚かない。

 そして93年5月4日、日本の文民警察官5人が何者かに襲撃される。オランダ海兵隊の軍用車両を先頭に車列で移動しているときだった。「正体不明の武装グループ」による自動小銃とロケット弾攻撃。高田さんは亡くなり、4人が重軽傷。丸腰の日本の「文民警官」は、途方もなく危ない地域に放り込まれていたのだ。

赤い文字で「厳秘」と記された文書

 その前から、派遣地域の不穏な状況を聞いていた山崎隊長は、駐カンボジア・今川幸雄大使に安全確保に対する申し入れをしていた。しかし容れられなかった。大使は、事態の深刻さが必要以上に日本で大きく伝えられることは国益を損なうと考えていたという。現地の治安情報はほとんどが「秘密指定」で日本に送られていた。「外部に対してはとにかくマル秘にしてもらいたい」との思いからだった。

 日本側でPKOオペレーションを統括していた柳井俊二・国際平和協力本部事務局長は取材班の再取材にこう答えている。「まあいろいろな情報はもちろん入ってきましたし、私自身も何度か現地に行きまして、夜なんかはこう銃声が聞こえるようなこともあったわけですけど、長年の紛争の後にやっとできた和平ですから、そういう中で不穏な動きがどうしても残るということはある意味仕方がないことで・・・」。日本政府にとって何よりも重要なのは、「人的な国際貢献」をしているということを世界にアピールすることだった。

 「Nスペ」で2016年8月13に放送された「ある文民隊員の死~カンボジアPKO 23年目の告白~」は大きな反響があった。再放送2回、BSも含めると計5回の放送。第71回文化庁芸術祭テレビ・ドキュメンタリー部門優秀賞、第24回坂田記念ジャーナリズム賞、第43回放送文化基金賞テレビドキュメンタリー番組最優秀賞、第16回放送人グランプリ2017準グランプリ、第54回ギャラクシー賞、第17回石川湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門大賞などを受賞した。

PKO「日報」問題をスクープ

 番組や本書の出発点になったのは、当時の隊長で、東大法学部卒のキャリア警察官僚だった山﨑さんの執念だ。「隊長失格」「部下を死なせてしまった」。自責の思いを抱えた山﨑氏さんはカンボジアから帰国してすぐに一冊の報告文書をまとめ、それを3部つくっていた。1部は警察庁に上げ、残りの2部は自身と父親が保管していた。上司に公開してもよいかと何度も掛け合ったが、警察庁在職中は認められなかった。

 警察をリタイアした山崎氏から取材班が入手したのは、(1993年)7月19日の日付と「総括報告(未定稿)」の表題、右上に赤い文字で「厳秘」と記された文書だ。取材の経緯は、旗手さん自身が講談社のサイト「現代ビジネス」内の「なぜ日本人PKO隊員は殺されたのか...警察官『23年目の告白』」というタイトルの記事の中で明かしている。

 元キャリア官僚らしからぬ、踏み込んだ行動を起こした山崎さん。そのルーツは、尊敬していたという父親にあるようだ。本書では父・山崎端夫さんについても触れられている。東京商科大学から予備学生として海軍少尉に。戦艦大和の護衛艦に乗っていた。終戦直後に、同じ艦に乗っていた今井勝・住友関西新空港事務局長が日経産業新聞(84年3月15日)に当時のエピソードを記している。概要はこうだ。

 「山崎少尉と激論を交わした。私は昭和維新にひたりきっていた男だった。山崎は、『ゲーテを読め、トルストイを、デカルトを、ユーゴーを、そして倉田百三を読め。そこには人間の本流が息づき、六千年にわたって蓄積された真理がある』と主張する。殴り合いにならなかったのは山崎のひとみの輝きに『千万人といえどもわれゆかん』の気迫と信念を感じ取っていたからだ」

 本書では91~92年のPKO法案審議で警察庁長官官房総務審議官だった大森義夫氏のインタビューも紹介している。国会審議の大半は自衛隊の派遣問題に終始し、「文民警察官」はほとんど論議されなかった。外務省からは、日本の警察活動の延長でいいんですという説明を受けていたが、今から思えばそれは建前論だったと回想している。言外に部下を殉職させてしまったことへの悔恨がにじむ。がんで闘病中だった大森氏は取材に応じた3か月後に亡くなった。

 NHKは2017年、南スーダンの国連平和維持活動をめぐり、防衛省が既に破棄したとしていた派遣部隊の「日報」問題をスクープした。陸上自衛隊が一貫して保管していたことを突き止め、稲田朋美防衛相の辞任にもつながって新聞協会賞も受賞した。この特報は報道局社会部によるものだが、前年に放送した「ある文民隊員の死~」が大きなインパクトを与え、刺激になったに違いない。

(BOOKウォッチ編集部)

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