読むべき本、見逃していない?

熊本に「日米言語戦」のルツボとなった学校があった

  • 書名 太平洋戦争 日本語諜報戦
  • サブタイトル言語官の活躍と試練
  • 監修・編集・著者名武田 珂代子 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2018年8月 6日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数新書・240ページ
  • ISBN9784480071620

 戦争には様々な側面がある。先の太平洋戦争は軍事力の戦いだけではない。互いに意思疎通ができない言語――日本語と英語のぶつかり合いでもあった。敵の暗号や通信を読み取り、ビラなどで兵士や市民に働きかけようにも相手言語が分かっていないとどうしようもない。

 本書『太平洋戦争 日本語諜報戦――言語官の活躍と試練』(ちくま新書)は、そうした言語を巡る闘いを、主に連合軍サイドに照準を合わせて分析したものだ。

米陸軍では6000人が養成された

 米国は20世紀初頭、日本が日露戦争に勝利したのを見て、アジアにおける日本のプレゼンスにいちだんと注意を払うようになった。独自に日本語が分かる要員の養成を始めている。しかし日本語はなかなか難しい、ということで進まない。1936年時点で、東京での3~4年の日本語教育を経験した米陸軍将校は約30人しかいなかったという。

 そうこうするうちに日本はさらに軍事力を増強し、中国戦線が拡大。ヒトラーのドイツと呼応し、いよいよ欧米相手の戦争に踏み切るのではないかとの懸念が広がる。米陸軍が41年3月、日本語が分かる米軍兵士を緊急調査したところ、約3700人の日系二世のうち、日本語が不自由なく話せるのはわずか3%しかいないことがわかった。同6月、大慌てで軍に日本語学校を設ける。そこから約6000人が巣立った。日系二世が多かった。

 本書では、なかでも「大活躍」した人材を輩出した学校として、意外にも熊本のミッションスクール・九州学院にスポットをあてている。二世のための日本語強化クラスを設けていたこともあり、米国移民者の二世が来日して学んでいた。一時は50人ほどが在籍していたという。

 もちろん日本の警察は同校の監視を強め、真珠湾攻撃の直前には、調査書を提出させている。その時は25人が在籍していた。この学校の出身者のうち2人は、のちにミズーリ号での降伏文書調印に通訳官として立ち会っているそうだ。マッカーサーが厚木飛行場に降り立ったとき、記者団をエスコートしたのも九州学院出身者だという。もちろん逆に日本の外務省などで翻訳や通訳に携わった人もいた。熊本の小さなミッションスクールが、日米の「言語戦」のルツボとなっていたのだ。

川端康成のノーベル賞にも貢献

 本書では英国、オーストラリア、カナダなどの日本語要員の養成ぶりについても調べている。概して米国よりもさらに遅れていた。ただ、オーストラリアのブリスベーンには、連合軍の翻訳通訳部(ATIS)が置かれ、そこにはアメリカで訓練を受けた日本語要員が大量に送り込まれていた。戦地で収集した様々な日本語資料を分析する。極秘文書を見つけることもあった。とくに44年6月のマリワナ沖海戦では、それらの解読が役に立って連合国側が圧勝。日本は空母部隊による戦闘能力を喪失し、西太平洋の制海権と制空権は完全に連合国側にわたる。当時、日本軍はATISの存在に気づいていなかったという。

 英国では、「暗号解読」に特化した日本語の突貫教育が行われた。選抜されたのはオックスフォード大などでラテン語やギリシャ語を学んでいた秀才たち。日本語という異質の言語の構造についても呑み込みが早いのではないかと集中訓練が行われた。暗号部隊は、駐独・大島浩大使が日本に送る暗号文を解読していたという。

 連合軍の日本語学校からは、戦後、多彩な人材が生まれた。米海軍からは文化勲章のドナルド・キーン、陸軍からは『源氏物語』を訳し、川端康成のノーベル賞にも大いに貢献したエドワード・G・サイデンステッカー、英国からは駐日大使を務めたヒュー・コータッツィなどだ。

 米軍の日本語学校は戦後再出発し、9.11同時テロ以降はアラビア語、ウルドゥー語、パシュトゥ語など現在は17言語を扱っているそうだ。日本の自衛隊でも密かに多言語の習得に励んでいるのだろうか。

 著者の武田珂代子さんは立教大学教授。『東京裁判における通訳』などの著書がある。本書の巻末には横文字資料の膨大なリストが掲載されている。語学のエキスパートならではの労作だということがわかる。

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