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東電が「ハゲタカファンド」に買収されていたら......

シンドローム

 2007年にNHKでテレビドラマ化され話題になった『ハゲタカ』(大森南朋主演)が、今年(2018年)7~9月にテレビ朝日で綾野剛が主演し、ふたたび放送された。NHK版は多くの賞を受賞し、ほぼ同じキャストで映画版(2009年)も製作された。一方のテレビ朝日版は視聴率が10%を切る週も少なくなく、かつて流行語にもなった「ハゲタカファンド」の神通力も弱くなったものだと思った。そんな折に『ハゲタカ』の第5シリーズにあたる『シンドローム』(講談社)が5年ぶりに出た。シリーズではこれまで銀行や自動車メーカー、アメリカの超巨大企業が買収の対象となってきたが、今回の舞台は原発事故直後の電力会社。いうまでもなく東日本大震災と東京電力がモデルになっている。

 『ハゲタカ』シリーズはフィクションだが、モデルの企業名がささやかれたり、現実に当該業種で企業買収が行われたりと、フィクションと現実とのパラレルな関係が注目されてきた。福島第一原発事故は調査委員会だけでも、民間事故調、国会事故調、政府事故調、東電事故調と4つもあり、原発事故の原因とその後の政府、東電の対応は分かりにくく、いまだによく理解できないものがある。逆に言えば、そこにフィクションとして創作できる大きな余地がある。著者の真山仁は、あえてこの難儀なテーマに立ち向かったように思う。

 事故への対応を誤った東電上層部と当時の菅首相がモデルとなり、徹底的な悪役として描かれている。投資ファンド、サムライ・キャピタルを率いる主人公の鷲津政彦は国策電力会社「日本電力」(モデルは電源開発株式会社=Jパワー)の買収を、首都電力(モデルは東電)会長の濱尾重臣につぶされた恨みがあった。その1年後、鷲津は首都電力に狙いをさだめ、株を買い集める。その矢先に磐前(さきまえ)第一原発で地震による津波で全電源喪失という異常事態が発生する。ここから先は現実に起きた福島第一原発事故をなぞったような展開を見せる。

 現実と違うのは、「ハゲタカファンド」による株の買い占めと電力会社の買収があったかどうかだろう。莫大な資金を費やし重大事故を起こした電力会社の株を買う意味はあるのか? そして買収は成功するのか。もちろん本書では、そこが一番のヤマ場となる。

津波でも重大事故は回避できた?!

 今回本書に刺激され、現実の事故調の調査結果などを読み、あらためてはらわたが煮えくり返る怒りを覚えた。原子炉への海水注入をもっと早くしていたら、政府が米軍、自衛隊の協力をもっと早く受け入れていたら......、といくつもの「if(もし)」がこころの中に積み重なっていく。津波に襲われたが、あれだけ重大な事故にまで至らない可能性はあったのだ。

 本書はあらすじを紹介してもあまり意味がないと思う。この本を通じて、あの事故にもう一度関心をもち、あの事故はなんだったのかを考えるきっかけになればと思う。もちろんフィクションとしての面白さは一級品だし、これまでのシリーズとの平仄もあっている。鷲津が本来のミステリアスな存在であるのも魅力だ。

 本書では鷲津による買収と政府による買収の二つのプランが拮抗し、政財界、アメリカを巻き込む事態となる。現実には東電は実質的に国有化され、膨大な賠償費用は国民が負担してゆくことになった。

 究極の企業買収を書いてしまった今、『ハゲタカ』は今後何を取り上げるのだろうか。本欄ではホテル業界を舞台にしたスピンオフ作品『ハゲタカ2.5 ハーディ』を昨年(2017年)末紹介している。   

  • 書名 シンドローム
  • 監修・編集・著者名真山仁 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年8月 1日
  • 定価本体1850円+税(上)
  • 判型・ページ数四六判・471ページ(上)
  • ISBN9784065127063
  • 備考上下2冊巻
 

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