読むべき本、見逃していない?

「江戸しぐさ」って、本当に江戸時代からあったの?

  • 書名 オカルト化する日本の教育
  • サブタイトル江戸しぐさと親学にひそむナショナリズム
  • 監修・編集・著者名原田 実 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2018年6月 6日
  • 定価本体780円+税
  • 判型・ページ数新書・224ページ
  • ISBN9784480071460

 「江戸しぐさ」というのが、ちょっとしたブームになったことがあった。電車の中のポスターやテレビCMなどで、浮世絵やイラストまじりで紹介されていた。公共の場所でのマナーを訴えたもので、江戸時代の庶民の賢い知恵に学べと言う趣旨だった。

 最近、余り見かけないなと思っていたら、この「江戸しぐさ」は近年の創作であって史実に基づくものではなかったということが指摘されているかららしい。ところが教育現場ではしっかり根を張っているという。本書『オカルト化する日本の教育』 (ちくま新書)は、そのあたりの複雑な事情について、丁寧に論考したものだ。

読売新聞の論説委員が新聞で取り上げる

 著者の原田実さんは1961年生まれ。作家で歴史研究家。古代から現代までの偽史・秘史について著述活動をしている。

 原田さんによると、「江戸しぐさ」の「考案者」はペンネーム芝三光(1928~99)という人だという。雑誌編集者、学習塾経営などを経て1960年ごろから社員研修や経営指導などのコンサルタントをしていた。当時から江戸時代のマナーについて説いており、「江戸の良さを見なおす会」というサロンができ、読売新聞の論説委員が新聞で取り上げるなどして注目度が高まったという。

 「江戸しぐさ」で有名なのは、「かさかしげ」。雨の日に人と人がすれ違う時、相手を濡らさないように、互いの傘を傾けることだが、原田さんによれば江戸時代に江戸では和傘は高級品。庶民は蓑笠や合羽で雨をしのいでいたので、「かさかしげ」が普及していたとは考えにくい。込んでいる席でこぶし一つずつ詰める「こぶし腰浮かせ」についても同じだ。渡し船の作法だとされているが、渡し船には横長の席は設けられていなかったという。このように「江戸しぐさ」と呼ばれるものの大半は、江戸時代には存在しておらず、考案者の創作と言い切る。

 原田さんが特に問題にするのは、このような「江戸しぐさ」が文科省公認の道徳副読本で、まるで史実に則っているかのごとく推奨されていることだ。すでにそのことは各メディアでも指摘され、文科省があいまいな回答に終始していることも紹介されている。

江戸時代はユートピアか

 さらに原田さんが問題視するのは、この副読本では、「江戸しぐさ」のもととして「商人しぐさ」があり、そこには「お天道さまに申し訳ないことはしない」という心得があったとまで書いていることだ。ちょっとした公共マナーの話から、もう少し踏み込んだ「道徳」「倫理」のレベルにまで昇華して、「江戸しぐさ」が援用されている。

 こうした「江戸しぐさ」の道徳的な称揚と重なるのが、最近しばしば見かける「親学」だという。要するに、親や、これから親になる人々に、親として学ぶべきものを伝えるもので、主唱者の高橋史朗氏は海外シンクタンクの研究員、教育行政に関わる教育委員や審議会の専門委員、大学教授などを歴任している人だ。「新しい教科書をつくる会」にも参加しているが、著書の中で「日本の子供の礼儀が正しかったのは、江戸町方で組織されていた江戸講や寺子屋などで、親と地域が一体となって『江戸しぐさ』を教えてきたから」であり、多くの子供たちが自然に礼儀作法やマナーを身につけていたのは、「親が手本を示して、子どもたちが真似るという形で教えてきたからにほかなりません」と書いていることを紹介している。

 どうやら「江戸しぐさ」は隣人間の横のマナーにとどまらず、いつのまにか親子の縦の関係、社会を形作る重要な慣習にまで飛躍しているようだ。士農工商の差が厳然とあり、服装や髪形などで身分が識別された江戸時代が、ユートピアだったのかという疑問を抱く人もいるだろう。

 「親学」の関連では、「親守詩(おやもりうた)という子供が親への感謝を伝える詩句をつくる運動もある。さらには、「家庭教育支援条例」の制定や、全然知らなかったが、最近は「二分の一成人式」といって10歳児が父母を学校に招いて親に感謝を斉唱する式典も広がっているそうだ。

「江戸っ子狩り」で消えた?

 こうして、単なる公共マナー広告だと思われていた「江戸しぐさ」が意外に教育現場に浸透し、子育てや家庭教育にまで影響を及ぼしていることを筆者は詳述する。

 そんなに素晴らしい「江戸しぐさ」がもし史実だとしたら、なぜ途絶えてしまったのか。考案者の後継者らが説くのは、「江戸っ子狩り」。明治政府が江戸っ子を弾圧し、本来の江戸っ子が難民となって各地に散った。そのため「江戸しぐさ」が消滅したのだという。もう一つは、GHQによって日本の伝統文化が破壊されたという考え方。本書の後段ではこれらを「陰謀論」と退ける。そしてここからが著者の偽史・秘史研究家としての本領発揮なのだが、戦後の日本で登場し、一時は信じる人も多かったさまざまな説論をぶった切りする。古代史論争などについては、相当のページ数が割かれているので、ここを読むだけでも興味深い。

 最近はネットはもとより、トランプ大統領まで「フェイク」を叫ぶ。何が真実で何が偽造か、ますますわかりにくくなっている。「江戸しぐさ」の真偽はどうなのか。とにかく世の中には、簡単には信じられない話に満ちているということを知る上でも本書は有益だ。

オンライン書店で詳しく見る(購入もできます)

書評の一覧

一覧をみる

アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!

おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

出版社の皆様!

御社の書籍も、
BOOKウォッチに
掲載してみませんか?

sub