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三大駅伝だった「能登駅伝」はなぜ消えた?

  • 書名 箱根駅伝を超えようとした幻の「能登駅伝」
  • 監修・編集・著者名大久保英哲ほか 編著
  • 出版社名能登印刷出版部
  • 出版年月日2019年1月11日
  • 定価本体1200円+税
  • 判型・ページ数新書判・272ページ
  • ISBN9784890107421
BOOKウォッチ編集部コメント

 大学男子の三大駅伝といえば、「箱根」「全日本」「出雲」。ところが約半世紀前には、「能登駅伝」というのがあったそうだ。まだ「出雲」が始まる前の話だ。

 そのころは、「箱根」「全日本」「能登」が三大駅伝だったのだという。本書『箱根駅伝を超えようとした幻の「能登駅伝」』(能登印刷出版部)は、その「能登」の誕生から終了までの歴史を掘り起こしている。地味だが、大半の駅伝ファンも忘れてしまった「幻の駅伝」の記憶と記録を蘇らせた労作だ。

10回で終了した

 「能登駅伝」は1968(昭和43)年に始まり、77(昭和52)年に幕を閉じた。文字通り能登半島を一周するコース。景観と変化には富んでいるが、3日間で26区間341.6kmも走る過酷なレース。そこに全国から有力校が参加した。

 開催のきっかけは、能登半島が国定公園に指定されたこと。観光PRの一環として地元の七尾市と読売新聞が大学生の駅伝大会を発案、企画運営は金沢大学など北信越地区の大学陸上部の学生たちが担当した。

 当初は一回限りの予定だったが、初回の成功で毎年開催に切り替わる。背景には「駅伝」をめぐる読売新聞の事情があった。

 当時、読売新聞は、青森と東京までを駆け抜ける「青東都道府県対抗駅伝」を主催していたが、交通事情の悪化で年々開催が困難になっていた。同じ理由で深くかかわる箱根駅伝も存続が困難になるかもしれないという危機感を持っていた。そこで、新たなる駅伝を立ち上げようとした。正力松太郎社主は富山県の出身なので、「能登」は場所的にも好都合だった。

 つまり、読売新聞が主導したことで、「能登」は成立した。当時の決算書を見ると、300万円余りの事業経費のうち約半分を読売が負担していた。

 こうして「能登」は軌道に乗るかに見えたが、オイルショックなどによる日本経済の苦境が大会を直撃した。読売新聞は補助金を削減して撤退の方向へ。最大のスポンサーを失ったダメージは大きく、大会はピリオドを打った。

商業主義とは一線を画す

 「能登」よりも先に、「青東駅伝」は74年に終了。ところが「箱根」は当初の読売側の危惧など嘘のようにどんどん発展し、いまやお正月最大のスポーツ行事として定着している。「能登」を見切って「箱根」に注力したということかもしれない。

 よく知られているように、マラソンや駅伝はテレビ中継で広告が集まるかどうかが生命線だ。本当の主催者は大手広告代理店との見方もある。広告代理店がTV中継のメーンスポンサーを見つけてきて、テレビ局や大会主催者にドカンと金を落とす。その金で全体が運営される。他の巨大スポーツも構造はおおむね同じだ。かつてはアマチュアリズムが尊ばれたオリンピックもすっかり変貌した。「カネまみれ」となり、黒いうわさも立つ。

 「能登」は読売がサポートし、北信越の大学陸上部関係者が主として手づくりで支えた駅伝だった。商業化されたスポーツ事業とは一線を画していた。コースを彩る能登の自然と同じように、かなり「ピュア」なものだったことが本書からうかがえる。

 本書は大久保英哲・金沢星稜大学特任教授ら同大教員らの共著。10回の大会について、区間ごとの細かな個人成績や順位表の記録も掲載されている。出場した選手にとっては貴重な思い出になりそうだ。

 本欄では関連で『箱根駅伝 強豪校の勝ち方』(文春新書)なども紹介している。

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