読むべき本、見逃していない?

「かれらの夢が、我々の夢を破壊するのだ」

  • 書名 亀裂
  • サブタイトル欧州国境と難民
  • 監修・編集・著者名ギジェルモ・アブリル  著、カルロス・スポットルノ 写真
  • 出版社名花伝社
  • 出版年月日2019年5月22日
  • 定価本体2000円+税
  • 判型・ページ数A5判・176ページ
  • ISBN9784763408860

 何とも奇妙なテイストの本だ。『亀裂――欧州国境と難民』(花伝社)。タイトルは普通だが、構成のヘンテコさにとまどう。まるで漫画本のように、各ページに多数の写真がコマ割りで掲載され、その写真に簡単な写真説明が付いている。つまり、「主」となるのは写真であり、文章が漫画の「ネーム=吹き出し」のようになっている。

 しかも全体として懐かしい手触り。本の紙質も古紙のようにざらっとしている。写真自体もレトロっぽい処理がされていて郷愁を誘う。いまの欧州が直面している厳しい現実がテーマなのに、第二次世界大戦のころの物語を読んでいるかのようだ。

チャーチルは理想を語った

 なぜこんなややこしいことをしているのか。そう考えるうちに何となく思い当たった。欧州の難民問題とは、先の戦争と重なり合う。そのことを改めて強く指摘したいからではないのか。混乱の淵源は先の戦争にまでさかのぼるということを・・・。

 そもそも冒頭に登場するのはチャーチルの演説だ。

 「欧州を一つにし、3億とも4億とも言われる人々が共通の遺産を分かち合ったらどうなるか。無限の幸福、繁栄、そして栄光を享受できるはずだ。『欧州合衆国』のような仕組みを作り、国々をまとめ上げよう。それにはまず、仏独主導で欧州評議会を創設することだ・・・」

 これはチャーチルが戦後間もない1946年、チューリヒ大学で新時代を展望しつつ披瀝した革命的なアイデアだ。「欧州合衆国」の「新しい友人」として、チャーチルは英国や米国はもちろん、「願わくはソヴィエト・ロシア」もというほど風呂敷を広げていた。

 先の大戦に勝利した英雄であり、苦労したチャーチルにとって、「欧州の立て直し」は政治家としての責務。それも大戦前の欧州の再現ではなく、全くあたらしいコンセプトで「欧州」をつくり直すことを考えていた。

 二つの世界大戦で6000万人以上が命を失い、数百万人が難民になった欧州。流血の争いをした国々が連合する以外に平和を守る道はない、という崇高な理念から欧州が再出発したはずだったのだが・・・。

世界報道写真賞を受賞

 本書はいまEUが直面している「二つの亀裂」を念頭に置いている。一つは「難民」。イスラム、アラブ、アフリカ諸国の混乱で大量の難民がEUをめざしてやってくる。海から陸から。その数は途方もない。一方でEU内部でも無数の亀裂が走っている。英国は離脱に動き、各国で民族主義の動きが拡大し、極右政党が第一党になっている。爆弾テロも続いて、かつての理想が試練に晒されている。

 本書はスペインの『週刊エル・パイス』の記者ギジェルモ・アブリルさんが、フリーの写真家カルロス・スポットルノさんと組んで同紙に連載したルポをもとに単行本にしたもの。北アフリカ、トルコ国境、地中海、バルカン、リトアニアなどの国境地帯を訪れ、克明な取材を試みている。すでに英仏独伊の4か国語に翻訳され、ル・モンド、ニューヨーク・タイムズなどで高く評されているという。

 アブリルさんは1981年、マドリード生まれ。エル・パイスはスペイン語圏で最も読者の多い新聞の一つだ。スポットルノさんは1971年、ブダペスト生まれ。ローマの美術学校を卒業後、広告代理店を経てフリーになり、2003年には米石油タンカーの座礁・重油流出事故の写真で、世界報道写真賞を受賞した。これまでに6冊の写真集を出しているというから、報道写真家として名の通った人だとうかがえる。

地中海に難民船の墓場

 本書には実に755コマの写真が掲載されている。何枚かを見ただけで、お気楽な撮影ではないことがすぐにわかる。たいがいの現場では撮影が禁じられている。そもそも取材の許可が下りない。何とかもぐりこんでも、難民施設ではインタビュー取材なども禁じられているところが少なくない。あの手この手で「規制」をくぐり抜けて、真実に肉薄しようとしたのがこの二人だ。

 たとえば本書の、34~35ページには6枚の写真が掲載されている。この中で合法的に撮影したのは1枚だけと注釈が付いている。

 日本の出版物では、寡聞にして見たことがないが、本書のように写真を軸に展開するスタイルの出版物は「グラフィックノベル」と呼ばれることがあるそうだ。撮りためた5000枚の写真から必要なものを選んでストーリーを構成して2016年12月、スペインの出版社から刊行、本書はその翻訳版だ。

 ページをめくっていると、いろいろと発見がある。中でも地中海の孤島の記事には驚いた。そこは難民船の墓場。地中海横断に失敗した難民船が、浜に打ち寄せられ朽ちていく。地元の支援活動家が残がいを整理して恐怖を伝える難民博物館をつくっているというのだ。ヒロシマでもホロコーストでも南京でも「博物館」があるが、難民問題でもすでにあったとは驚きだ。本書には難民が所持していた様々な遺品の写真も掲載されている。

 難民たちの未来は厳しい。本書では難民流入を軍隊を配置して阻止しているハンガリー国境地帯の町長が取材に応じ、こう話している。

「かれらの夢が、我々の夢を破壊するのだ」

 本欄では難民や戦場取材で『ザ・ディスプレイスト――難民作家18人の自分と家族の物語』(ポプラ社)、『ルポ 戦場出稼ぎ労働者 』(集英社新書)なども紹介している。

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