読むべき本、見逃していない?

チョムスキーの仮説を日本の研究者が実証した!

  • 書名 チョムスキーと言語脳科学
  • 監修・編集・著者名酒井邦嘉 著
  • 出版社名集英社インターナショナル
  • 出版年月日2019年4月 5日
  • 定価本体860円+税
  • 判型・ページ数新書判・256ページ
  • ISBN9784797680379

 「文法中枢の存在を脳科学がついに実証した」。衝撃的な一文が帯にあった。言語学はソシュールの音韻論(発音)が中心で、言語は後天的な学習で獲得されることを前提にしている。ところが、その機能が生得的に脳に備わっている――そんなことが証明されたというのだ。米国の言語学者N・チョムスキーがそうした理論を立ててはいたが、それは思弁的だと思われてきた事情がある。

 コピーは過激だが内容はスカスカという商品が世間にあふれている。「騙されないぞ」とちょっと身構えた。それでも本書『チョムスキーと言語脳科学』(集英社インターナショナル)を手にしたのは、実証科学の研究者が証明したとされるからだ。

fMRIを使って実験

 著者の酒井邦嘉さんは、東京大で物理学を学んだ理学博士で東大大学院総合文化研究科准教授だ。同大学医学部助手やハーバード大学医学部、マサチューセッツ工科大学言語学・哲学科での研究員経験を持つ。チョムスキーの生成文法理論に基づいて、言語処理の法則性を脳科学として実証する研究に取り組む最前線の研究者の1人と言えるだろう。

 チョムスキーの言語理論を簡単におさらいしておく。日本語や英語といった自然言語の奥には共通の文法機能があって、それは生得的なもので人間だけに備わっている、という仮説だ。自然言語の奥にある文法機能とは、「意味」を超えたもので、文が構築される統辞機能を言う。

 酒井さんたちが確認した文法中枢は、左脳ブローカ野を含む領域(左脳運動前野外側部)と、その下に隣接する領域(左脳下前頭回)だ。ちなみにブローカ野はウェルニッケ野とともに失語症に関係する脳の領域として知られていた。発語障害はブローカ失語、理解障害はウェルニッケ失語と呼ばれる。

 どうやって確認したか。fMRI(機能的MRI)を使った巧みな実験が行われた。臓器の形態的な構造を写すのがMRI(磁気共鳴画像法)で、fMRIは同じ装置を使って臓器の活動を見る。酒井さんたちは、1つの要因だけを変えた複数の条件を用意して、被験者の脳活動を比較。その時、脳で活動の差が出れば、それは条件の変化によると解釈した。条件を絞り込んで確認されたのは「文法」「読解」「音韻」「語彙」の4領域だった。

 実験では、文節を0.5秒間隔でディスプレイに順次表示、次に問いを表示、被験者が回答する。このときの脳の活動部位を確認した。「文法中枢」が確認された実験の内容はこうだ。

 ●文法
 1)文法判断課題=主語・述語の呼応の問い
 A「太郎は」「三郎が」「彼を」「ほめると」「思う」
 --(問)「太郎 思う」→(被験者回答)○、「三郎 思う」→(同)×
 同じ文節を使った名詞・代名詞の呼応を問う別のセットもある
 ●短期記憶(認知的)要素の排除
 2)文の短期記憶課題
 B「太郎は」「三郎が」「彼を」「ほめると」「思う」
 --(問)「三郎が 彼を」→(被験者回答)○、「彼を 三郎が」→(同)×
 3)語句の短期記憶課題語順の短期記憶についての問い(文にならないように助詞を統一)
 C「彼に」「太郎に」「三郎に」「思う」「ほめると」
 --(問)「太郎に 三郎に」→(被験者回答)○

 この結果、文の短期記憶課題での活動域から、語句の短期記憶での活動領域を差し引くと、左脳運動前野外側部が文の短期記憶課題で選択的に活動。文の短期記憶課題には自動的に文法の処理が含まれるため、この領域は文法処理を行ったと見られる。

入門にも適した一冊

 文法中枢のもう1カ所の左脳下前頭回は、文法判断課題と文の短期記憶課題、文法判断課題と語句の短期記憶課題という2種類の比較で明らかになった。

 文法判断課題と文の短期記憶課題の比較では、先の領域に加えて左脳下前頭回にも選択的活動が見られた。文法判断課題と語句の短期記憶課題の比較でも同様にこれら2カ所が活動していた。

 これらから酒井さんは、左脳運動前野外側部と左脳下前頭回の2領域が文法中枢であると判断したという。

 酒井さんたちの実験は周到で、門外漢の評者にもエキサイティングに読むことができた。ただ、実験はすべて日本語話者に限られていた。「人類共通の文法」がチョムスキー理論の特徴ならば、英語の話者などでも文法中枢が同様にあることに触れてもらいたい、とも思った。

 チョムスキーが言語学の巨星であることは論を待たない。しかし、言語学や認知心理学の研究者の間には拒否反応もある。構造主義の先駆けとなったソシュールやピアジェを嘲笑的に批判したからだ。そうした事情でチョムスキーを敬遠する向きも少なくはないようだが、本書はチョムスキー言語学の最新知見が紹介されているだけでなく、入門にも手軽な1冊だろう。

 酒井さんには、『言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか』(中公新書)、『脳の言語地図』 (学びやぶっく)、『芸術を創る脳: 美・言語・人間性をめぐる対話』(東京大学出版会、編集)などがある。

BOOKウォッチ編集部 森永流)

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