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「会社のせいでウツになった!」というクレームが怖い

   メンタルヘルス関係の患者について、その原因が会社や仕事にあったとして「労働災害」と認められる件数が増えている。これに合わせたように、労災の認定基準が10年ぶりに変更になり、新たに「パワハラ」や「違法行為の強要」などが労災の原因として加えられた。あるメーカーの担当者は「これからどんな労災申請が増えるのか」と恐れている。

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「想定外の労災申請」に戦々恐々

――老舗部品メーカーの人事担当です。当社には、部署や支社ごとに独自の古い慣習が残っています。ある地方支社では、入社2年間は就業時間の1時間前に出社し、すべての机を雑巾がけしてから仕事を始めています。

   このような慣習は、現場の管理職の間では「みんな通ってきた道だ」「会社ではこのくらい我慢すべき」と当然視されています。「女はすぐ辞めるから採用するな」と公言する部長や、昨日行った風俗の話を社内でしゃべっている社員もいます。

   一方で、このような慣習に不快感をあらわにする若い社員も増えており、先日も営業部門の社員から、「部の飲み会で部長から宴会芸を強要された」と通告がありました。

   先日、労災認定の判断基準が見直されたと聞きました。その中には、メンタルヘルス関係の病気の原因となりうる項目として

・研修・会議等の参加を強要された
・大きな説明会や公式の場での発表を強いられた
・複数名で担当していた業務を1人で担当するようになった
などが、新たに設けられたようです。

   しかし、研修への参加命令などは、当社では普通に起こりうることです。これからは「研修を受けてウツになった!」と訴えられたら、即座に労災が認められ、会社の責任が問われるのでしょうか。

   当社はメーカーとして、安全対策は徹底してやってきましたが、それ以外の労災対策は、正直言って手つかずです。想定外の労災申請が来るかもしれないと、戦々恐々としています――

社会保険労務士・野崎大輔の視点
「現場の抵抗に臆せず啓蒙活動を進めよう」

   仕事のトラブルで精神的に追いつめられたり、部下から「逆パワハラ」を受けたりして自殺したケースについて、労災と認める判決が立て続けに出ました。会社の責任が問われる範囲も拡大しているといえます。万一問題が起きた時に備えて、会社は「予防措置を取っていた」と主張できる根拠作りを準備しておきましょう。

   会社のルールや規程を整備し、社員への啓蒙をすることが重要です。問題となる言動をする社員には、かつての常識が通用しないことを認識してもらいましょう。男女間・世代間の認識のズレが、メンタルヘルスやハラスメントの発生原因になるのです。現場の抵抗に遭うかもしれませんが、会社として方針の啓蒙や研修を根気強く行って、新しい常識を伝えることが重要です。

   もちろん、問題の発生を抑制することは、会社のリスクマネジメントとしてだけではなく、当事者たちにとって不幸なトラブルを未然に防ぐという意味でも、大きな意義があるのです。臆せず、自信を持って取り組むに値する仕事だと思います。

臨床心理士・尾崎健一の視点
「クレームがきてもただちに恐れる必要はない」

   精神疾患による労災を認定するときに基準として用られる「職場における心理的負荷評価表」の一般的な解釈に絞って回答しますと、単に「研修・会議等の参加を強要された」だけでは、労災の原因とは認められないと思われます。

   評価表によれば、心理的負荷の強度は3段階に分けられており、「研修・会議等」は比較的低い「強度1」です。つまり、心理的負荷になるおそれは認められるものの、その他の要素との組み合わせや、それがどの程度持続しているかによって、強い心理的な負担となる要素のひとつとして認められうると理解しておくべきです。

   評価表を逆手にとって、通常の業務命令に対して「私は研修を受けたくありません! 参加を強要してウツになったら責任を取ってくれるんですか?」などとクレームを入れるような社員が現れても、ただちに恐れる必要はありません。正当な理由もなく研修や会議の参加を拒むことは、業務命令違反になりえます。

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(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。