J-CAST ニュース ビジネス & メディアウォッチ
閉じる

休暇は社員だけのためならず 「職場離脱」で不正を発見せよ

   東証二部上場のメーカーの社員で、不動産管理子会社に出向していた女性が逮捕された。経理担当者の立場を利用して、子会社の預金口座から不正出金を繰り返した容疑だ。横領金額は、5年間で約1億円に上るとみられる。

   新聞報道によると、容疑者が人事異動の内示を受けて、自ら不正を申告したとのことである。他の部署に移ると、横領を隠ぺいするための経理操作ができなくなるため、もうダメだと観念したのであろう。この事件のように、犯人の転勤がきっかけで横領事件が発覚するケースは少なくない。

隠ぺい中、一度も休暇を取らなかったトレーダー

不正の犯人は会社を休みたがらない
不正の犯人は会社を休みたがらない

   横領犯は、上司や同僚、内部監査人の目を欺くために、預金通帳や帳簿を操作したり、銀行との取引記録を改ざんしたりしながら、延々と隠ぺい工作を繰り返さなければならない。そのため、次第に以下のような兆候がみられるようになることが多い。

・外部からの郵便物の開封、帳簿の点検、手元現金や在庫のチェック、取引先との交信など、何でも自分でやろうとする。他人が行うべき点検まで積極的にやる
・休暇を取らない。あるいは休暇中も出勤したり、自宅や旅行先から職場や顧客に頻繁に連絡を入れたりする
・朝は一番に出勤し、夜は最後まで残業している(他人に見られない環境で隠ぺい工作を行うため)
・業務関連の書類を密かに自宅に持ち帰る(自宅で隠ぺい工作を行うため)

   古い話になるが、1995年に大和銀行(当時)ニューヨーク支店で発覚した巨額の損失隠ぺい事件で、自分が出した損失を11年にわたり隠し続けたトレーダーの手記には、不正を隠し続けるための苦労が生々しく描かれている。例えば、自宅付近が洪水に見舞われて出勤できなくなった日に、彼は次のような行動をとった。

「私はこの日、米国債取引で一億五千万ドルの決済をすることになっていた。無断取引の分である。(中略)私がオフィスに居なければ、他の人間が業者からの電話をとり、無断取引が全て露見してしまう。とにかく業者に電話をせねばと子供のゴムボートに乗り、町外れの公衆電話まで無我夢中で漕いだ。(中略)危機一髪だった。ゴムボートがなければ万事休すのところだった。」(井口俊英『告白』文春文庫 157ページ)

   携帯電話が普及した現在ならば、ゴムボートを漕ぐ必要はなかったのだろうが、いずれにしても、来る日も来る日も発覚のリスクに怯え、隠し続けなければならないストレスは相当なものであろう。

   このトレーダーは、隠ぺい期間中一度も休暇をとらなかったそうである。そして、彼も最後は、冒頭の事件の女性と同じく、精神的に限界を感じて自ら不正を告白している。

「なんでそんなに忙しくしているのか」と懐疑心を持て

   内部統制では、定期的な人事ローテーションや長期休暇取得の義務づけを重視しているが、それは、不正の隠ぺい継続を不可能にすることで、不正行為の抑止または早期発見を促す狙いがある。このような対応が最も徹底されているのは、金融機関であろう。

   銀行などでは「職場離脱」と称して、全役職員に毎年1週間以上の連続休暇を義務づけたり、指名研修を行ったりして、一定期間職場を離れさせる。そして本人が不在の間に、上司などが、本人が作成した書類をチェックしたり顧客と連絡を取ったりして、おかしな動きがないかどうかを確認するのだ。

   職場離脱のための研修については、その効果を高めるために、当日に抜き打ちで指名して受講させる金融機関もあるそうだ。研修期間中は携帯電話による顧客や職場との交信は禁止される。顧客の現金や預金を日々大量に扱い、信用を第一とする金融機関ならではの徹底ぶりといえる。

   企業の管理者は、休暇制度は社員のためだけでなく、企業の不正リスク管理のためにも不可欠だという認識を新たにして、休暇取得の徹底と取得中のチェックの強化を図らなければならない。

   休暇も取らずにがんばる部下がいたら、「仕事熱心で感心だ」と手放しでほめるのではなく、「なんでそんなに忙しくしているのか。もしかしたら何かを隠し続けようとしているのではないか」と考えることも必要かもしれない。そのような懐疑心が、不正リスクへの感度を高める。(甘粕潔)