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誠実で思いやりのある女性が「5億7400万円の政治資金」を横領するまで

   政党乱立で混沌とした衆院選の真っ最中だが、今回取り上げるのは米国カリフォルニア州の政治史上最悪といわれる横領事件である。

   A(女性、59歳)の職業は「キャンペーン・トレジャラー」。政治家の活動資金管理や選挙管理委員会への収支報告を代行する「金庫番」会社の経営者だ。この道30年以上のベテランで、2000年には自分の会社を設立。政治家からの信頼は厚く、民主党の選挙活動への貢献が認められて表彰も受けている。

   その裏で、Aは約12年にわたり70以上のクライアントの資金管理口座から700万ドル(約5億7400万円)を超える着服を繰り返した。2012年11月29日、裁判所はAに懲役8年1月の実刑判決と1050万ドル(約8億6100万円)の損害賠償命令を言い渡した。

「相手のことを優先に考える人」ゆえに陥った悩み

米国は政治資金の横領も規模が大きい
米国は政治資金の横領も規模が大きい

   大物政治家などを手玉に取り、億単位のカネをくすねたAだが、彼女に対する周囲の印象は「巧妙で抜け目ない詐欺師」とは大きく異なる。

   友人や家族によれば、Aは「まじめに仕事をし、親切で物惜しみせず、自分よりも相手のことを優先に考える人」であった。

   生活も非常に質素で、スーパーで買った服にサンダル履き、自宅は痛みが目立ち庭の芝生も伸び放題だったと報道されている。このような人物が、なぜ大きな罪を犯してしまったのだろうか。

   Aは、1953年カリフォルニア州生まれ。3人姉妹の真ん中で、父は牧師をしていた。忙しい父のために教会の会計を手伝ったのが、この道に入るきっかけとなった。

   高校卒業後、州立大学で政治学を専攻。在学中に大統領選挙のボランティアをしたときに知り合ったトレジャラーが経営する会社で働くようになった。熱心な仕事ぶりを買われて経営を任されるようになり、経営者が他界すると会社を引き継いだ。

   順風満帆のキャリアを歩んだように見えるが、実は公私ともに人知れず苦労を重ねており、それが横領の伏線になっている。

   会社経営では、クライアントの手数料不払いに悩まされた。Aは上記のような性格から強く督促できず、自分は無休で働きながらスタッフの給料を何とか捻出するときもあった。また、部下のミスで会社に損害が発生しても、自分のポケットマネーで補っていた。

   私生活では、1983年に結婚したが、夫は長らく失業状態。老いた義理の両親の世話もしなければならず、公私ともにお金のやりくりのプレッシャーと戦い続ける毎日だったようだ。

きっかけは「他人への優しさ」でも、無理は続かない

   そんな中、Aはクライアントの預金口座から自分のサイン1つで資金を出し入れできる立場にあった。裁判資料には、こう綴られている。

「最初は、少しだけ借りるつもりで始めたが、あまりに多くの口座に手を付けたため、どの口座からいくら借りたかを管理しきれなくなって、ズルズルと続けるうちに一生償っても返しきれない額を横領するに至った」

   公私ともに資金繰りに行き詰まり(動機)、クライアントからの信頼を悪用して(機会)、「ちょっと借りるだけ」と言い訳(正当化)して横領に手を染める。不正のトライアングルの「お手本」のような事例だ。そして、不正は必ず発覚し、厳しい処罰を受ける。これも教科書どおりだ。

   被害者も「信頼していたのに裏切られた」と恨み節を言うだけではダメだ。日本でも、政治資金の不適切な処理が明るみに出ると「秘書に任せていたので」と自己弁護をする政治家が目立つが、信頼する相手が罪を犯さずにすむよう、しっかり見守る責任がある。

   なお、Aの弁護士は、「Aには犯罪歴はなく、横領した資金で贅沢な暮しをしたわけではない」点を強調している。しかし、公金を私的に流用した罪を正当化できるわけはない。きっかけは「他人への優しさ」であっても、無理は続かないのである。(甘粕潔)